悪質ホスト・悪質キャバクラ嬢問題とジェンダー平等
ホストに嵌ってバカげた金額の遊興費を費やして転落人生をおくる女性が社会問題化した。ホステスやキャバクラ嬢に嵌って転落人生をおくった男性も昔から多数いたが、そのときは大して社会問題化していなかったにも拘らず、女性が被害者となっているとなれば一気に社会問題となる。
このような風潮は今に始まったことではないのだが、実にウンザリとする。例えば、過労死問題で散々男性が死んでいても問題とならなかったのが、電通に勤めていた女性の高橋まつりさんが過労死で亡くなれば一気に過労死や長時間労働が社会問題化した。
ただし、今回の件がより問題であるのは、国会議員が『悪質ホストクラブ被害防止法案』を超党派で成立させようと呼びかけるような、国会でのジェンダー非対称な動きである。救済対象を男女問わない『悪質ホスト・ホステス被害防止法案』としてではなく救済対象を女性に限定した法案を提案することに対して、最近大騒ぎしている「ジェンダー平等」という掛け声との整合性に関して何の疑いをもっていない女性国会議員の姿勢は、実に性差別的である。
何らかの法案が一方の性別しか対象としていないとき、そこに性差別があるのではないかとなぜ批判の目を向けられないのだろうか?
ジェンダーとは"社会がつくり出す性別"である。法律において男女差を設けるとき、それはまさしくジェンダーを構築しているのだ。「ジェンダー平等」の掛け声で構築されたジェンダーを非難しておきながら、男女で格差のあるジェンダーを構築しようとする女性国会議員には嘆息を禁じ得ない。いや嘆息ではなく嘲笑と言ってもいいかもしれない。
このバカバカしい新たなジェンダー問題について、これから詳細に述べていこう。
■悪質ホストクラブの社会問題化
2023年時点において歌舞伎町の大久保公園に大量の街娼が居る。まぁ、私自身が確認したのではないのだが、SNS上に投稿された動画等を見る限り、ちょっとビックリするような数が居る。現在そんな状況にあるわけだが、彼女らが売春行為をしている理由に関して、その大きな理由の一つにホストクラブでの遊興費の支払いがある。
国会議員が国会で取り上げるほどにこの問題が急浮上したのは、女性支援団体の不適切な会計処理の問題に端を発する「困難女性支援問題に関わる一連の事柄」に、一定程度以上の社会の関心が集まったことによるのではないかと思われる。
当該女性支援団体の不適切会計問題は現在のところ住民訴訟のフェーズに移っており、この団体に対する法的措置がどうなるかに関しては現時点では不明である。それというのも、ボランティアを行う一般社団法人やNPO法人の会計に関する現行法がザルとしか言い様のないものであり、一般企業であればOUT間違いなしの会計処理でも、一般社団法人であれば現行法においては違法でない可能性はそれなりに高い。当該団体を巡る現状を譬えていうならば、現行法では規制対象ではない脱法ドラッグを販売しても法律違反をしていないから処罰されない状況と同様である。すなわち、公金を受け取る団体として不適切極まりない会計処理をしていても現行法においては法的責任を問えないという結果になるかもしれない。
さて、当該女性支援団体の代表はフェミニズム界隈において声の大きなフェミニストであり、新たに制定された困難女性支援法に関する政府の有識者会議の委員を務めるほどに政治力を持つ人間であった。そんな彼女が、以下のX(旧Twitter)上の発言から窺うところ、ホスト擁護と解釈できる発言をしている。
ホストに対して上記のような見解を持つ人物が、困難女性問題に関する政府の有識者会議の委員だったのであれば、彼女の存在がホスト問題がこれまで浮上してこなかった要因の一つであると考えられる。ただし、彼女が代表を務める団体に対する住民監査請求および住民訴訟を提起した人物が、困難女性の"ホスト問題"を指摘し、彼女のホストに関する上記の見解を激しく糾弾したせいなのか、一転してホストを非難する見解を彼女は出している。
この件に関しては現在、様々な訴訟が提起されており、あまり深く言及するのは得策とは言いかねるので以上で触れるのは終了しよう。
■塩村文夏議員の性差別的な問題意識
さて、このホスト問題についてだが、立憲民主党の塩村文夏氏が国会で取り上げた。
この塩村議員に関してだが、彼女は都議時代に「結婚した方がいいんじゃないか?」「産めないのか?」といった野次が浴びせられ、その野次が女性差別問題として大きな問題となった。そして、都議会における女性差別的な野次の問題が騒動となった際、塩村氏がかつてタレントとして出演したTV番組での彼女の発言内容が問題視された。それがどんなものであるかは以下である。この発言内容から議員としての資質に疑義が持たれたのだ。
彼女に向けられた疑いの目に対して、彼女はかつての発言を"大いに盛った武勇伝"であると弁明した訳だが、慰謝料に関する金額には差異があったとしても、実際に交際した男性から金銭をふんだくっていたのではなかろうかと思われる。
このことを踏まえた上で、以下のホスト問題に関する以下の記事の塩村議員の話を聞くと少々違った風に聞こえる。
とりわけ、ジェンダー平等の観点から問題であると思われる塩村氏の見解を取り上げた箇所は以下だ。
かつての塩村氏自身の発言に対して、「なにいってんのお前、そんなカネ払う奴おらんやろ!」といったようなツッコミを受ける荒唐無稽な冗談として受け止められるのではなく、「有り得る武勇伝=交際していた男性に1500万円支払わせることが現実的に起こり得ること」として扱われていたことから窺えるように、「一軒の家に相当する金額」を女性もまた男性から毟り取ることが十分に可能であると塩村議員自身も理解しているはずである。
また、「ホストクラブ問題とキャバクラ問題は別」という塩村議員の見解に反するような、つい先日に刑事事件となった「頂き女子りりちゃん事件」がある。この事件に関する解説記事の一つが以下だ。
またこの事件に関して、顧客の性別が違うだけの同業種に属する銀座のホステスから水商売の実態について取材した以下の記事もある。
さらに「頂き女子りりちゃん事件」とは別件の、2012年の横領事件について考察した(少し古い)記事も引用しよう。
具体例として挙げた事件だけでなく、キャバクラ嬢に金銭を貢ぐためにイリーガルな手段をとった男性の犯罪が新聞記事になることは珍しくも無い。
つまり、詐欺的な話でカネを巻き上げるホストが居るように、詐欺的な話でカネを巻き上げるキャバクラ嬢も居る。また、ホストクラブで豪遊して散財する女性が居るように、キャバクラで豪遊して散財する男性も居る。そして、その支払いの為にイリーガルな手段を取るのは男女共にいる。
塩村議員は「ホストとキャバクラ嬢は別!」と(かつての己の行状を鑑みてか)考えたいようだが、現実に起きた事件から判断すると、ホストとキャバクラ嬢を区別する理由が見当たらない。どちらも似たようなものだ。
それにもかかわらず、「ホストに騙される女性」は社会が救済しなければならないけれども、「キャバクラ嬢に騙される男性」は社会が救済する必要は無いとするならば、それはジェンダー平等の原則に反する。
両者を救済する必要があるのかどうかはさておき、救済するのであれば両者を平等に救済すべきであるし、救済しないのであれば両者とも救済すべきではない。
女性だけ救済することを「女性特権=男性差別」とするのか「慈悲的女性差別=女性全般は(頭の)弱い存在で男性と違って社会が保護しなければならない対象として扱う」と考えるのかどちらでもいいが、ホストに騙される女性だけを救済し、キャバクラ嬢に騙される男性を救済しないのであれば、それはジェンダー不正義な政策である。ホスト・キャバクラ嬢に対する規制、ホストクラブ・キャバクラに対する規制が必要なのだというのであれば、顧客の性別に関わらず、その種の業態に対して包括的に規制を掛けるべきであると言えるだろう。
■立憲民主党の議員には「ジェンダー平等」という考えがない
首相が悪質ホスト問題について答弁を行った。それはそれでいいんだが、なぜホスト限定なのか。
この件を取り上げた記事を引用しよう。
悪質キャバクラ嬢に貢いで破滅した男性など以前からゴロゴロと存在している。彼らがイリーガルな手段で費用を賄っていたことで刑事事件となり、新聞紙上を賑わしたことなど枚挙に暇がない。「客に支払い能力をはるかに超える数十万円、数百万円もの売掛金債務を負わせ(る)」「客の支払い能力をもとに信用を与える通常の売掛とは全く違(う)」「人生を狂わされるケースや、被害者が自死に追い込まれる被害も出て(いる)」ことなど悪質キャバクラでも同様だ。
そういった悪質キャバクラ嬢に騙される男性が存在していることが周知の事実であるにも拘らず、「悪質ホストクラブ被害防止法案」を超党派で成立させるべきであると、なぜ"女性救済"に限定するのだろうか。なぜ「悪質風俗営業被害防止法案」といった形の男女共通の法案にしないのだろうか。
ある同じ社会問題に直面したとき、被害を受けた性別が男性であれば放置し、女性であれば救済するという、公的機関の一員である国会議員の姿勢はジェンダー差別的姿勢である。
常々「公的機関に関しても男性は女性に比べて優遇されている」とフェミニストは糾弾している。しかし、困難女性支援法の制定やDV被害者への公的相談窓口・シェルターの設置数に関する男性用・女性用の差異、あるいは寡婦控除はあったが寡夫控除は無かったというかつての制度的差異、そして今回の『悪質ホストクラブ被害防止法案』を超党派で成立させるべきとの国会議員の考え方といった具体的事例から考えて、こういった弱者保護に関する分野について「公的機関に関して女性は男性に比べて優遇されている」といえる。つまりフェミニストの認識とは異なり、公的機関において単に男女で優遇されている分野が別であったというだけに過ぎない。
フェミニストが「ジェンダー平等」を目指していることなど最早私は信じていないが、彼女らに小指の先ほどでも誠実さがあるのであれば、性別の違いによる公的機関の扱いの違いについて糾弾すべきであるだろう。
「男たちは女を一人前の人間として扱わない」と日頃から主張するのであれば、この立憲民主党の議員が主張する法案は男性よりも手厚く女性を保護しようとしているので「女性をバカにしている」という差別形態、すなわち慈悲的女性差別であると言えるので、大いにフェミニストは非難すべきである。
この件に関して、ご都合主義的に「だまって保護されていれば男性より利益を受けることができるので、ごっつあんです」とフェミニストは考えているのではないか。フェミニスト達はいみじくも頂き女子りりちゃんと同じ手法で我々を洗脳している。先に引用した藤井靖教授の説明に倣ってフェミニストの手法を説明しよう。
「女性が生き易い社会は男性も生き易い社会だ」とのお題目を掲げて未来の望ましい社会を考えさせることによって、「今回の女性優遇は、そんな社会への投資なんだ」と自分の中での落とし所を作らせるコミュニケーション手法を駆使する。さらにサンクコスト効果を強めるソクラテス・ストラテジーによって「自己決断に基いて女性を優遇している」状況を作る。つまり、「予算を出しなさい」と言うわけではなくて、今の状況を共感させたり、可哀想と思わせる話をして、「あなたならどうしますか?」というふうなコミュニケーションをとる。“自分で決断”してお金や時間、労力や気持ちを費やしている構造になると、誰かにやらされているわけではなく自分で決めたことなので、だまされているのが後でわかったとしても、その行動を続けやすくなってしまう。
フェミニスト達は上記のような手法で我々に対してマインドコントロールを仕掛けている。
日頃から「一方の性別が他方の性別よりも優遇されているならば、それは性差別である」と主張しているにもかかわらず、女性に利益があるときはダンマリであるならば、それは頂き女子りりちゃんと同じトキシック(有害な)女性性といっていいだろう。旧来のジェンダー価値観からくる「女性は弱い」というものを殊更に強調し、ジェンダー非対称な被害者仕草で周囲の同情を誘い、男性が得られない不正なメリットを享受し、社会を腐敗させる。
旧来のジェンダー価値観の「男性は強い」からくる有害な男性性と対になっている「女性は弱い」からくる有害な女性性だ。
フェミニストがこのことを自己批判しないならば、日本社会は従来のフェミニストに対する好意的評価を改め、「彼女達は正義の味方なのではなく、自分の利益しか考えない差別主義者なのだ」と認識すべきである。