ロジャース派の自己概念理論1:有機的価値付け
ロジャース派の自己概念理論をこれから詳細に見ていく。本稿では「有機的価値付け」から「自己配慮」までの発達メカニズムについて見ていく。本稿で見ていく自己概念理論の概念は「有機的価値付け」である。
本稿ではを乳児から幼児にかけて獲得していく発達段階の本人視点から解説する。つまり、周囲の人間が発達していく主体をどう扱うか、どう見るかといった視点ではないということだ。
ではまず、最初に簡単に概念内容を述べる。その後、それらの概念が示す対象の発生について考察する。また、この発達の過程は部分的ながら成人においても発生する。それゆえ、乳幼児の例で考えると逆に分かり難いケースでは成人でのケースで考察する。乳幼児限定でないことには注意されたい。
■有機的価値付けとは
最初に簡単に有機的価値付けとは何か説明しておこう。
よく見られる解説に「空腹により不快を感じているときに食事を摂ると満腹になり快を齎す、その食事経験による快不快の状態遷移に基づいて食事経験を価値付けること」が有機的価値付けの代表例として挙げられる。
しかし、この代表例には注意しなければならない点がある。
食事経験による「経験が直接的に齎す快不快の状態遷移」は、確かに典型的な状態遷移ではあるのだが、誤解も生み出す例である。
なぜなら、食事経験は初期状況と変化後状況との間の関係が密接すぎる体験だからである。食事経験は初期状況における不快とも変化後状況における快とも直接的に繋がっている。このことを有機的価値付けに必須の条件として勘違いし易いのだ。しかし、有機的価値付けが経験を価値付けるとき、初期状況において不快を齎している原因となったものと経験との間に結びつきがある必要はない。有機的価値付けにおいて、経験が必ず結びついていなければならないのは変化後状況における快不快の方である。
乳児での例と成人での例の二つで考えよう。まずは乳児の例をみよう。
乳児はしばしばよく分からない原因で泣き出す。先にミルクを飲ませているため空腹でもなく、おしめが濡れているわけでもない。服や寝具によって暑すぎる寒すぎるような感じでもない。それでも「ホワァホワァ!」と乳児である彼が不快であることを泣き声で訴える。このとき抱き上げて「ヨシヨシ、かわいい子かわいい子」とあやすと泣き止む。
このとき、抱き上げてあやしたことが「ホワァホワァ!」と彼が泣き出す原因に直接繋がっているかどうかは、彼の抱き上げられるという経験において重要ではない。抱き上げてあやされて快状態に遷移したことが重要なのだ。つまり「抱き上げられることが快である」ことこそが彼にとって抱き上げられる経験の有機的価値である。抱き上げられる経験が初期状況において不快の原因となったものと直接的な結びつきがあるのかどうかは、経験の有機的価値付けにおいてどちらでもよい。
では、成人の例で経験の有機的価値付けを考察しよう。
若者が失恋旅行に出かけることがある。まぁ、失恋旅行に行くのは若くなくてもよいし、不快状態の原因を失恋に求めなくてもよい。仕事のイライラを不快状態の原因と考えてもよい。そんな何らか原因による不快状態からの遷移を目的として旅行に出かけることは、成人になってからの経験として身に覚えがある人も多いだろう。そして、旅行の価値を考えたときに重要なのは旅行によって快状態に遷移したどうかである。
旅行によって不快状態となった原因が解決することは大抵の場合において求めていない。つまり、旅行に行くことで恋人と復縁できたり、自分が旅行に行くことでイライラの原因であった進捗状況が思わしくない業務上の問題が解決してプロジェクトがスムーズに進むといった事を期待する人間は居ない。旅行前に不快状態を齎した原因とは独立に、我々は旅行という経験の価値を認める。失恋して落ち込む・仕事が進まずイライラする等を原因とする不快状態から旅行中だけでもいいので快状態に遷移したら旅行には価値があるのだ。
もちろん、旅行中も旅行後も不快状態の遷移が生じないならば、その旅行という経験に価値を認めない。旅行中も旅行前の気持ちをズルズル引きづって全く楽しめなかったらその旅行は失敗だったと思うだろう。一方、旅行前の気持ちから切り離されて旅行を楽しめたならばその旅行には価値があると感じる。
つまり、旅行中・旅行後の快状態こそが旅行という経験に価値を認めるのだ。そして、そのようにして経験を価値付けることを「有機的価値付け」というのである。
以上から理解できるように、有機的価値付けとは、状態を遷移させる経験を、経験が遷移させた状態によって価値付けることである。このとき変化前の状態と経験との間に直接的関係は必要ない。言い換えると変化前の事態との関係性の有無は有機的価値付けにおいて考慮しなくてよい。
これまでの説明においてはポジティブな有機的価値付けで説明してきたが、ネガティブな有機的価値付けも同様に考えればよい。
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