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本日の一曲 vol.490 カステルヌオーヴォ=テデスコ これは柩車であった (Mario Castelnuovo-Tedesco: Questo fu il carro della morte Op.2, 1913)
マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコさんは、1895年4月3日、イタリア・フィレンツェに生まれた作曲家です。しかし、出自がユダヤ系であったため、1939年にイタリアを離れ、アメリカに移住し、ハリウッドで映画音楽家として活躍し、ギター曲をたくさん手掛けた後、1968年3月16日、ビバリーヒルズで72歳の生涯を終えました。
このようにカステルヌオーヴォ=テデスコさんの曲作りは、大きくイタリア時代とアメリカ時代の2つに分けることができると思います。本日ご紹介する「これは柩車であった」は、イタリア時代の18歳の時の作品であり、作品番号も「2」ですから、作曲を始めたばかりのころの作品になります。
カステルヌオーヴォ=テデスコさんは、幼い頃、お母様からピアノの手ほどきを受け、9歳のときには作曲をしたと言われています。1909年の14歳のころからフィレンツェ音楽院で、作曲をイルデブランド・ピッツェッティ(Ildebrando Pizzetti, 1880年9月20日生~1968年2月13日没)さんに、ピアノをエドガルド・デル・ヴァレ・デ・パス(Edgardo del Valle de Paz, 1861年10月18日生~1920年4月5日没)さんにそれぞれ学びました。
「これは柩車であった」は、そのような学生時代の曲ですので、カステルヌオーヴォ=テデスコさんの才能の片鱗を聴き取ってみましょう。
ドイツ生まれのアメリカのピアニスト、ダニエル・ブルメンタール(Daniel Blumenthal, 1952年9月23日生)さんの演奏です。
アルバムのプレイリストです。
来る来年2025年1月6日の弊社主催のガラ・コンサートで船越のどかさんがこの曲を披露しますので、足を運んでいただけると幸甚に存じます。
ところで、カステルヌオーヴォ=テデスコさんのアメリカ時代ですが、アメリカでは、年下ではありますが、アメリカ市民としては先輩のヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツ(Jascha Heifetz, 1901年2月2日生~1987年12月10日没)さんとは、同じユダヤ系ということもあり、強い音楽的なつながりがありました。
ハイフェッツさんは、カステルヌオーヴォ=テデスコさんの「海のささやき」をアンコール・ピースとしてよく取り上げていました。
(by R)
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