本日の一曲 vol.288 奥村チヨ 恋の奴隷 (1969)
奥村チヨさんは、1965年に18歳で東芝レコードからデビュー、当時は和製シルヴィ・ヴァルタンとして売り出されました。
その後、東芝の「東芝三人娘」の一人としてプッシュされていました。東芝三人娘というのは、奥村チヨさん、黛ジュンさん、小川知子さんの3人です。
そのような中、1969年6月になかにし礼さん作詞、鈴木邦彦さん作曲のシングル「恋の奴隷」がリリースされ、これが52万枚も売れ、同年の紅白歌合戦にも初出場したのですが、「恋の奴隷」の歌詞がよろしくないとNHKに判断されて、「恋の奴隷」ではなく、「恋泥棒」を歌ったのでした。「恋泥棒」の方は、10月リリースで、26.7万枚売れたそうなので、時期的、売上的には、「恋の奴隷」の方を歌うのが妥当でした。
「恋の奴隷」は昭和歌謡の代表曲とされており、たくさんの人にカバーされています。
GO!GO!7188のカバー(2002)。
中森明菜さんのカバー(2014)。
「恋泥棒」はこちら。
その後、奥村チヨさん自身は、この「恋の奴隷」路線は本意ではなかったらしく、低迷期を迎えますが、1971年にリリースされた千家和也さん作詞、浜圭介さん作曲の「終着駅」で再起します。
そして、1974年には作曲者の浜圭介さんとご結婚されたのでした。
ちなみに、「恋の奴隷」の作詞家であるなかにし礼さんと浜圭介さんは、名曲「石狩挽歌」(1975年)などでコンビを組んでいました。
(by R)
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