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看護と新茶の物語〜紳士の優しいお返し〜

今日はナイチンゲールの誕生日にちなんで「看護の日」です。看護師を退職して20年経ちますが、未だに新人期の想い出は色濃く残っています。
新茶が出始めるこの時期、今でも忘れられない、新人ナースとしての大切な体験がありました。

新卒で実習先の病院に就職した際、外科病棟に配属されました。
新人が続かない激務の病棟として知られ、前年も、前々年も新人が全員退職した病棟でした。

新人が担当する急性期の病室に、Rさんは長期入院していました。末期ガンで、幾多の命の危機を乗り越えた男性でした。
感染症を併発して個室に入院し、病室の外に出ることは稀でした。70代後半でしたが180㎝の長身で肌が黒く、気に入らないことがあると鋭い眼光でギロッと睨みます。
新人ナースとして、一生懸命に処置やケアに努めますが、なかなか良い反応は得られません。
Rさんは過去の気管切開で声を失っていましたが、声にならない息だけの声で怒鳴られます。
「コラーッ!なにやっとる!バカヤロー!」
言われる度に縮み上がっていました。

それでも恐怖の裏側で、何か快を与える看護をできないかと新人なりに考えていました。



Rさんはお茶の産地のご出身で、ご長男が詰所に新茶を差し入れてくださいました。
「これは、いけるかも。」
頭の中で、アイデアが閃きました。

当時、入院中の患者さんの食事の際に配膳されるお茶は、お世辞にも銘茶とは言えない安物でした。
きっと入院するまでのRさんは、ご自宅で美味しいお茶を召し上がっていたに違いありません。
初夏の新茶を病室で味わうことは、看護になるんじゃないか…。
看護師長に許可を得て、Rさんに新茶を一杯お届けすることを決めました。

お茶の本を読んで淹れ方を練習し、お湯飲みに注いで届けることにしました。

いつになくRさんは穏やかに迎えてくれました。
ベッドサイドに腰掛け、自然に隣に並んで座ることになりました。
お茶を差し出すと、Rさんの表情がほっと緩みました。

  桜寺「Rさんのお里の新茶です。
           お味、違いますか?」
Rさん「…香りが違うなぁ…。」

内緒話でもするように、Rさんが優しい笑顔で答えました。


これが、Rさんとの最後の会話になりました。

この日の後、新人ナース全員に就職後初の三連休が与えられました。しかし、その間にRさんの容態が急変し、再出勤した時には既に意識がありませんでした。病巣から大きな出血を起こしたそうで、その数日後に亡くなられました。

Rさんが亡くなって2か月ほど経過した日、Rさんのご長男が病棟にご挨拶にみえました。
その日もバタバタと動き回っていましたが、ご長男に廊下で呼び止められました。

ご長男「(桜寺の名字)さん!
     ありがとうございました。」
 桜寺「いえ、、、すみませんでした。
    私、いつも怒らせてばっかりで…。
    何もできませんでした。」
ご長男「いやいや。
    あなたは父の一番のお気に入り
    でした。父はいつもあなたが来るのを
    楽しみにしていましたよ。
    ありがとう。」 

Rさんの最後の笑顔が瞬間的に蘇ります。
優しいご長男の笑顔と重なって、その場でポロポロ泣いてお礼を言いました。 
Rさんは、とても嬉しい言葉を残してくれていました。届けた新茶にお返しをもらったような、とても幸福な気持ちになりました。

保健師として働く今も、この体験が看護職としての初心を刺激します。

お別れの時は寂しくて、悲しみに勝てる術はありません。こころの中で喪の作業が進み、一緒に過ごした時のことが煌めきに感じられる頃、故人から思わぬ贈り物が届く…本当に不思議です。

確実に来る最期の時に、Rさんみたいに優しい贈り物を残せる人になりたいです。