尻もちをついてから考えたこと
尻もちをついたことはありますか?
小学生の娘のバスケチームの練習についていったときのことだ。僕の足はもつれた。まるで、ひょっとこのお面をかぶって、おっとっとと、おどけるような動きだった。僕は、下を向いて、はにかみ笑いをした。
久しぶりに履いたバッシュは、靴底のゴム素材がカチカチに硬くなっていた。それが原因で滑ったのだろうか。あるいは、靴底にホコリがたまっていて、滑ったのかもしれない。手に息を吹きかけて少し湿らせた。その手で靴底を念入りにこすってホコリを取り除き、靴底に滑り止めをして、プレーを再開した。
相手は高校生だ。ディフェンスは穴だらけ。ゴールへのイメージはできている。明確に、自分がゴールしている未来をイメージできている。イメージに自分の身体を重ねるように、ドリブルをひとつついて、身体を加速する。その瞬間、イメージと自分の身体がずれていく。僕は、またしてもおっとっとと、バランスをくずした。今回は足がもつれただけでなく、最終的には尻もちをついた。
僕は36歳。中学、高校、大学とバスケ部だった。数年前までは、社会人チームにも所属していた。市民大会ではトップ3を争うくらいのチームで、得点王になったこともある。結婚し、娘を授かり、保育園に入園するころ、一度バスケを離れた。
それから数年後、娘が小学生の高学年になり、地域のバスケチームに入った。送迎をしたり、練習を見守ったりするようになると、そのまま成り行きでバスケを教えるようになった。
体育館は、バスケコートが2つ分の広さであることが多い。娘が練習しているコートの反対側では、高校生が練習している。バスケは、ドリブルの強さ、シュートフォームを見ればどれぐらいの力量があるか、経験者であればわかる。
僕のスカウターで高校生を見た印象は、「若いだけでうまさはない。高校生の大会であれば県大会出場をかけた地区予選の1、2回戦で負けるレベル」という感じ。高校生の約2倍の年齢。高校生からすれば大ベテラン。つい数年前まで、社会人で、真剣勝負のバスケをしていた。そのときには、県大会に出るような高校生の相手をして、パワーでもスピードでも負けていなかった。娘のコートの反対側で練習をしている高校生を、一目見ただけで、彼らにアドバイスできることが何個か思いついた。まぁ、知り合いでもないし、余計なお世話をするつもりはまったくなかったが……。
その日、いつものように娘の練習を見ていると、高校生を教えていたコーチから話しかけられた。
「バスケ上手ですね。もしよかったら高校生の相手をしていただけませんか?」
時間の問題だとは思っていた。僕がシュートを打つたびに、高校生がドリブルを止めて僕のほうを見る視線を感じていた。シュートを見て、僕を真似しているような様子があった。
そこからの顛末は最初に書いた通り。尻もちをついた後も、イメージと現実とのギャップに苦しみながら、高校生との練習は終わった。息を整えながら、混乱していた。
分かっていても動けない経験は初めてだった。僕は数年間バスケから離れていた間に、急速に動けなくなっていた。仕事はデスクワーク、筋トレなどもしていないし、体重も増えた。四捨五入すれば40歳。アラフォー。動けなくなったのは、当然の結果だが、自分は違うという思いがあった。根拠はなにもないのだが、トップレベルの高校生ならともかく、普通の高校生には負けるはずがないという思いがあった。
社会人でバスケをしていたとき、年齢は僕よりも上なのに、勝てない先輩がいた。純粋な足の速さでは勝てても、試合では勝てない。いわゆるベテラン。試合終了のタイミングから逆算して、省エネして試合をコントロールしていた。
頭の回転の速さと身体の動き。身体の動きがボトルネックになるのがベテラン。自分がどんな動きができるのかを熟知し、思い浮かんだプレーの選択肢から、最も確率の高いプレーを選ぶことができるのがベテラン。
僕はベテランという時期をプレーヤーとして過ごすことなく、バスケから離れた。高校生との練習が終わった後、混乱しながら、そんなことを考えていた。僕が勝てなかったベテランの先輩も、同じ混乱を乗り越えてきたのかもしれない。
どのスポーツにも、ベテランと呼ばれる人がいる。野球でもサッカーでも、チームに必要とされる選手がいる。彼らの共通点は、「考えるレベルが高い」ということ。身体の動きでは若手には勝てなくても、頭の回転の速さ、考える量と質で、違いを生み出し、チームから必要とされる。ベテランとして活躍できる選手は多くはない。娘がバスケチームに入ったことがきっかけになって、ベテランとして、バスケ選手として、もう一度、プレーするチャンスをもらった。次に、高校生と一緒に練習をするときには、ベテランとして、彼らに一泡吹かせたいと思う。それが彼らの今後のバスケ人生に何か良い影響になればうれしく思う。
僕は尻もちをついてから、そんなことを考えた。みなさんは、もし今後、尻もちをつくことがあったら、何を考えますか。
この記事は天浪院書店のメディアグランプリにも掲載されています。http://tenro-in.com/mediagp/177112
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