金曜日のショートショート 08
お題『シナリオ』
タイトル『そこに行ったらお終いよ』
「ははっ、やっぱり奴ら殺し合ったか!無様だな!」
男は叫んだ。手に握られているのはさっきの家で奪った包丁。
「やめろ。それ以上罪を犯すんじゃ無い」
古びたコートを着た定年間近の老刑事が語りかける。
「ふざけるな!あいつらのせいで俺の人生は狂わされた!
金を分ける前に相手の分に手をつけた、となれば絶対あいつは逆上して殺すと思ったんだ。そしてあいつだって殺される前にやろうと思ったはず。
全て俺のシナリオ通りだ!」
ははははは!大きな高笑いがその場に響いた。
「ねぇ、もっと警察呼ばなくて良いの?というか、なんであんな場所にいるの?」
「しっ、今良いところなんだから」
息子のつまらなそうな指摘に、私は小さな声でその言葉を遮る。
「君は勘違いしている」
「何?」
老刑事の言葉に、包丁を持つ男が不審そうな声を出した。
「彼らは君から金を奪ってなどいなかった。
奪ったのは他のグループ。君の人生を狂わせたのは、親友と思ってた彼らでは無かったんだよ。そいつらをさっき逮捕したと仲間から連絡があった」
男は呆然とし、二、三歩後ずさりすると膝から崩れるようにその場に座り込んだ。
そこに老刑事が近づき、そっと男の手から包丁を取り上げる。
「俺は、俺は何のためにあんな事を・・・・・・」
「言っただろう?真実は必ず明らかになるのだと。
君はそれを信じ切れなかった」
老刑事が淡々と言うと、その場で男は泣き崩れた。
「人は、もっと信じるべき、なのさ」
老刑事が空を仰ぎながらそう呟くと、寂しげに目を伏せる。
断崖絶壁に立つ二人の耳には、波の音とサイレンの音が聞こえていた。
「今回も良かったわぁ。あの俳優さんの決めゼリフ大好きなのよ」
私がずびずび鼻をすすりながら感想を述べると、息子が冷ややかな目をする。
「だから、なんでいつも断崖絶壁に行くの?事件現場山奥だったじゃん。
それになんで刑事一人で犯人に行くの?危ないのにさ」
息子の冷静なコメントが私の感動を冷めさせていく。
だめね、まだこのくらいじゃこの良さがわからないのも無理ないわ。
「あのね、放映二時間弱以内におさめるには、これはシナリオ通りで正しいの。
それに断崖絶壁で犯人を追い詰めるのは、古くからあるサスペンスドラマのマナーなのよ」
やはりサスペンスドラマは良い。この時間には犯人と刑事とのやりとりがわかるし、断崖絶壁に行くお約束も良いじゃ無い。
シナリオ通りだから、楽しめる物だってある。
私は鼻水をすすりながら、エンドロール後にある、お決まりの老刑事が若い女刑事叱られるシーンを眺めていた。