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『ダンまち5期』12・13話感想/正義と偽善
アニメ『ダンまち』5期を見ている。中断を経て再開されたのでAbemaで視聴。とにかく良かった。継承するとは何か。正義とは何か。善とは何か。恥ずかしくなるような中二病的テーマが正面から描かれる。この作品の世界だからこそ許される中二病感。もちろん、ちょっとは気恥ずかしい。でもそれをねじ伏せる「熱さ」が、この作品にはまだ生きている。とくにリューはいろいろ熱かった。感じたこと(私の勝手な解釈)を書いておく。
(12・13話ですごかったのはアクションシーンだ。けどそれを語る語彙の無い私は、そこには一切触れない。)
●「忠義」VS「善」と正義の役割
5期は「フレイヤとシルの分裂」に苦悩するフレイヤを、みんなが救おうとする話だ。フレイヤの意思に従ってシル側を切り捨てようとするフレイヤファミリア団員の「忠義」に対して、シルも含めた両面を救おうとするベルは、いわゆる善い人のポジション。つまり5期は「忠義」VS「善」のお話だ。でもリューの行動原理は少し違う。フレイヤを救いたい気持ちはあるだろう。でもまずは「許されないことをやったフレイヤを張り飛ばす」という「正義の遂行」がリューの役目だ。
●正義の人、リューの復活
リューはもともと正義の人だった。でも復讐のために正義を捨てた。リュー自身がそう信じた。でも正義の人として復活する。どうやって彼女の正義は復活したのか。それは「友の正義を継承する」という形で、だった。ここで、継承とは何か、を考えさせられる。友(アリーゼ)とリューの正義は違っていた。継承とは、自分の正義を捨て、友の正義を選ぶことなのか。もちろんそうじゃない。「正義は巡る」のだ。復讐の怒りに駆られていたとき、リューの正義は使い物にならなかった。燃え上がる怒りに歯が立たなかった。その時に必要だったのは、自暴自棄になって正義を捨て去ること、ではなかったはずだ。巡る正義。あの時のリューでも「別の正義」を掴むことができたはずだ。本当の正義は一つだけだと信じていたリューは、正義を捨てた自分自身を許すロジックを失っていた。でも「正義は巡る」のならば、彼女が見つめるべきものは「捨て去った正義」の方じゃない。巡ってきた新たな正義の方なのだろう。きっとそれは、むつかしい話ではない。今、正しいことは何か。それを考え続けることなのだろう。そしてそれはリューにとって、かつてのファミリアを継承することだった。それを継承すること自体が、リューに「巡ってきた正義」だった。この話は、自分に引き付けていろいろ考えてしまう。
●偽善を貫くベルと、偽善者に微笑むリュー
リューはベルに、シルに会えたらどうするのか、と聞く。「彼女が笑えるまで救い続ける」と答えたベルに対して、リューは「ひどい偽善者だ」と言う。そしてベルは「この偽善は貫く」と宣言する。その答えにリューは微笑む。このやり取りがとても印象的だった。いろいろ考えさせられる。
まず思いうのは「偽善」についてだ。「善」とは隠されないといけないものである。「善」は他人から見えてしまった瞬間に、純粋な「善」ではいられない。見られた瞬間に、どこかに「偽善」が入り込む。むつかしい話ではない。純粋な善意から誰かを助けたとする。でもそのとき損得勘定が紛れ込んでいないことを証明する手段はない。自分自身に対しても証明できない。私の善意は、本当に純粋な善意なのだろうか。その疑問にロジカルに回答することはできない。善は見られた瞬間に、純粋な善ではなくなる。
この「他者に見える善」の偽善性に、ベルは以前苦しんだ経験がある。皆に忌み嫌われる「ゼノス」を救うために奔走するベルは、偽善者だと言われて苦悩する。そのときフェルズは「偽善者と罵られるものこそが、英雄になる資格がある。」と言っていた。「善」は隠さないと偽善的な物に変質してしまう。それはきっと変えられない真実だ。それでも「善」を内部に秘めていてはダメなときがある。せっかくの純粋な「善」を、偽善に変えてしまってでも、見せないといけないときがある。それが「偽善を貫く」といったベルの真意だろう。
そして「偽善は貫く」という宣言を聞いて微笑むリュー。彼女は偽善を咎めない。もちろん、彼女の正義は「偽善を推奨すること」はできないだろう。でも偽善者の道を選ぶベルには、彼の正義がある。彼女はそれに対して微笑むことができる。もちろん、ベルが好きなリューはベルには甘いから微笑んだのだ、という見方もできる。でも私はそう思わない。彼女はそういう器用なことができない。「偽善者」に対しても微笑むことができる特性は、リューが新たに手に入れたものだろう。アリーゼの「巡る正義」を継承したことで、手に入れたものだ、きっと。だからリューはもう大丈夫だ。そう思える瞬間だった。よかったね、リュー。