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11月「カランコエの想い」③

 扉の外に居ても分かるほど、中から聞こえてくるそれは、始終恐縮した様子で謝罪する男性の声だった。声を聞いていると、先ほどロビーで暴れていた時のような興奮はないように感じられた。そして男性の謝罪の合間に何度かなだめるように「大丈夫ですよ」いう彼の声が聞こえてくる。それでも謝罪をやめない男性の声を聞いていると、記憶に新しい彼の様子が思い起こされる。出血は大量ではなかったはずだが、額を切って血を流している姿を見た時、しかもそれが自分が投げた物に当たったとなれば、一時的な興奮状態であっても、私なら顔面蒼白するだろう。額の手当てが済んでいたとしても、記憶に残る赤い血の色に罪悪感は消えてなくならないはずだ。勿論、男性がそれと同じ感情を抱いているのかどうかは定かではないが、それでも何度も聞こえてくる謝罪の声が止まないところを耳にすれば、似たような感覚を抱いているのかもしれない。
 廊下に立ち、その扉が開くのをただじっと待っていると、謝罪が続く中で目の前の扉が開く。部屋の中から出てきた警備員の手によって開け放たれた隙間から、男性が何度も頭を下げている様子と、男性の肩に手を添えて謝罪を止める彼の姿が視界に入る。しかし驚くことに彼の額には手当てを受けていないのか、ガーゼも何もない状態だった。すでに出血は止まっているようだが、最後に記憶した彼の姿と何ら変わりのない状態に見える。ロビーから去ってここへすぐ入ったのだとしても、時間はそれなりに経過している。額からの出血と打ち身ともなれば、軽いけがでもバカには出来ないものだ。不安に駆られた私は、中から出てきた警備員に声をかけられていることにも気づかないまま、中に入って彼の腕を掴んだ。謝罪する男性と彼の動きが一時的に停止し、視線が私に集中する中で私は静かな怒りをぶつけた。
「・・・んで・・・何でこんな状態で、手当てもせずに何やってるんですか⁉」
「いや、えっと手当なら・・・とりあえず最低限・・・」
「自分以外の人のことをいつでも率先できる、あなたのそういうところは凄いと思います。でも、それもこれもあなた自身があってこそなんですよ!あなたが誰よりも一番大事にするのはあなた自身でないとっ…どれだけ周りがあなたを守ろうとしても、何度あなたを助けたとしても、あなたがあなたを蔑ろにするっていうなら、これ以上わたしたちはどうすればいいんですか!?いっつもいっつも心配かけてっ…わたしがどんな気持ちであなたを探して、ここでどんな想いで立っていたか……」
 一度や二度ではないこれまでのことを思えば、口にしている間に彼への不満が漏れるのと同時に、我慢していた不安と一緒に涙がこぼれ落ちた。そんな私の様子に、彼だけでなく謝罪をしていた男性もしどろもどろになって、その上現場にいた顔見知りの警備員までも私を泣かせたことに対する謝罪を彼に要求し始める中、事態を収束させたのは男性の奥さんだった。私が立っていた後ろの扉がガラリと開いたのと同時に入院着の女性が入ってきて、騒ぎを起こした男性の元へ一直線に歩いて行った。そして男性の前に立つと、女性は間髪入れずに男性の背を思い切り叩いた。突然の出来事に驚いていると、女性は涙ながらに男性を説教し、何度もその背を叩く。その様子に慌てて私と警備員が女性を止めようと間に入り、彼は男性を救出する。その後、続いて女性が入院している病棟の看護師と担当とは別の医師が入ってきて、何とかその場が収まったので、一先ず私と彼はいつものように中庭へと移動した。

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