桜樹 みなみ

作家として活動中★ 日常の一コマを様々な視点と角度から、物語として紡ぎます★ 毎月2回…

桜樹 みなみ

作家として活動中★ 日常の一コマを様々な視点と角度から、物語として紡ぎます★ 毎月2回(どこかの週の月曜日)・短編小説『花暦シリーズ』を更新します★ Instagramでは恋愛小説を中心に公開しています★ 島根県松江市在住/愛猫家/読書好き

最近の記事

11月「カランコエの想い」⑤

 私が彼の事故のことを知ったのは勤務中、彼の姉が取り乱している姿を見かけたからだ。普段は仕事が忙しく滅多に会えない彼女の、初めて見る尋常じゃないその姿に、否応なく鼓動が波打つ。導かれるようにして歩いたその先には重症患者が救急で運び込まれた騒然とした現場、数人の看護師と処置室から持ち出される血だらけのガーゼ、運び込まれる輸血パック、顔面蒼白で立ち尽くしている姉・・・これは本当に現実なのだろうか、と思えば思うほど、足元が崩れ落ちていくような感覚に襲われた。その時、ぐっと私の手を引

    • 11月「カランコエの想い」④

       中庭へと移動した私たちだったが、お互いに気まずさから声をかけられずにベンチの端同士で座り込んでいた。彼が時折窺うような視線をこちらに向けているのが視界に入ったが、そのたびに私の視界は彼の額を捉えていた。 「・・・額の怪我の具合は、大丈夫なんですか?」  先ほどの院内で、泣きながら怒るという自分の取り乱してしまった姿を見られている恥ずかしさと変わらない気まずさから、私は彼に視線を動かさないまま、俯いた状態で口を開く。 「・・・はい。実は、あの後すぐに梶先生に血止めの処置をして

      • 11月「カランコエの想い」③

         扉の外に居ても分かるほど、中から聞こえてくるそれは、始終恐縮した様子で謝罪する男性の声だった。声を聞いていると、先ほどロビーで暴れていた時のような興奮はないように感じられた。そして男性の謝罪の合間に何度かなだめるように「大丈夫ですよ」いう彼の声が聞こえてくる。それでも謝罪をやめない男性の声を聞いていると、記憶に新しい彼の様子が思い起こされる。出血は大量ではなかったはずだが、額を切って血を流している姿を見た時、しかもそれが自分が投げた物に当たったとなれば、一時的な興奮状態であ

        • 11月「カランコエの想い」②

            初めての出逢いを経て分かったのは、彼が製薬会社の営業として働いていて、私が勤めている総合病院は、もともと彼の外回り先の内の1つだったことだった。受付業務として働いていた私が、職務中の彼と会うことはなかったけれど、彼は病院を訪れると必ず最後に中庭を訪れていた。中庭は入院中の患者が散歩をしたり、通院している人が息抜きに訪れたりする憩いの場所だった。彼は職務を終えると、決まって中庭のベンチに腰掛けながら、行き交う人をただ見つめていた。それが彼にとっては、病院を訪れたルーティンの

        11月「カランコエの想い」⑤

        マガジン

        • 花暦シリーズ
          82本

        記事

          11月「カランコエの想い」①

           彼と付き合い始めて5回目の冬が訪れた…そしてそれは同時に、彼が目覚めなくなってから、3回目の冬でもあった……。  彼、田嶋春斗との出会いは、私が勤めている職場でもある総合病院の受付ロビーだった。彼は外から入口、ロビーをぐるぐると蜂のように何度も何度も行き来しては、キョロキョロと何かを探していた。声をかけた時、彼は健康保険証を落としたと言うので、一緒に探し歩いた。でも聞けば会社の健康診断に訪れただけのようで、指定の時間もあったため、私は保険証が不要であることを伝え、見つかり

          11月「カランコエの想い」①

          9月「曼珠沙華のうた」⑫

           目の前に広がる田園に咲く白い花。誰もが知る赤い花に交じって黄色やオレンジ、ピンクの色をしたものの中に、朝日を浴びてひと際白く輝いている。姉もこの風景を見ながら歩いたんだろうか・・・そう考えながらあぜ道を歩いていく。ここを歩きながら眺めた景色は1人で見たのか、それとも2人だったのか、手掛かりは一つもない。ただ姉の友人から聞いた話を俺は思い出していた。姉が婚約者と別れようと悩んでいたという理由を。  どうして気づかなかった? なんでもっと話をしなかった? 本当に幸せそうな顔だっ

          9月「曼珠沙華のうた」⑫

          9月「曼珠沙華のうた」⑪

           姉との突然の別れに茫然としていた。最後に投げかけた質問の答えも結局、言葉として返ってはこなかったけれど、姉が最後に遺した1輪の白い花を手にそっと握ると、涙を拭って立ち上がる。キッチンの棚の奥を探り、適当なガラス瓶に水を注ぎ、先ずはその花を挿した。きっと何かしらのメッセージをこの花に託したのなら、この花を枯らすわけにはいかなかった。次に自分のスマホを取り出して、白い花の写真を撮って、SNSに投稿した。何でもいいから情報が欲しかった。自分でもネットで検索していると、SNSを通し

          9月「曼珠沙華のうた」⑪

          9月「曼珠沙華のうた」⑩

           幼い頃からずっと一緒だった温もりが、確かにその一瞬は感じられた。まるで護られているようにぎゅっと抱き締められていて、存在も目の前に確かにあるはずなのに、俺の知っている…記憶しているそれとは何かが違う、そう感じていた。 「ごめんね、朔。ごめん…ずっと一緒にいてあげられなくて、ごめん。姉ちゃんもこの先ずっと、どんなことがあっても一緒だって思ってた。朔のことをずっと見守るつもりでいた…でも結局それは叶わなくなった。本当は朔の姿をちょっと見られたらそれで十分だって思ってた。でも…や

          9月「曼珠沙華のうた」⑩

          9月「曼珠沙華のうた」⑨

          「どうしてだろう・・・言うだけあって手際も良いし、出来上がった料理も美味しいし、勝ち負けじゃないと分かっているけど、悔しいし何かずるい」  2人で囲む久しぶりの食卓、お酒を飲んでいるわけでもないのに、姉はもう何度も同じことを言っては、俺に絡んできた。 「作り慣れてるせいもあるよ。姉さんはずっと仕事で忙しくしてた分、飯は俺の担当だと思ってたし、やり始めたら意外に楽しかったし、やっぱり美味しいもの食べさせたいし、食べたいじゃん。味を追求する・・・まではいかなくても、それなりに凝り

          9月「曼珠沙華のうた」⑨

          9月「曼珠沙華のうた」⑧

          「姉さん、いいよ。無理しなくて」 「朔?」  姉は俺をただじっと見つめている。その様子は次の言葉を待っているように見えた。本当はずっと聞きたかったことも言いたかったこともあったけれど、それを口にしたらいけないんだと、俺の脳裏で何かが騒ぎ立てていた。もしもそれを聞いてしまったら、言ってしまったら、ずっと二人きりで過ごしていた姉弟の時間が終わってしまうような…そんな気がした。だから、俺は浮かんでは消えていく言葉をもう一度吞み込んだ。 「何か言いたいこと? ご飯の後でもいいかしら?

          9月「曼珠沙華のうた」⑧

          9月「曼珠沙華のうた」⑦

           声を出すわけでも押し殺すわけでもなく、ただこちらを向いたままの姉の目から流れる涙に、俺はどうしたらいいのか分からなかった。殴られたあの日、姉が泣いた日でさえ、俺はたじろぐばかりで気の利いた言葉のひとつもかけられなかった。こんな時が今まであったかどうかは分からないけれど、俺の脳裏にふと一人の人物が思い浮かんだ。 「姉さん、ごめん。今までも今も、何にもできなくて。世話ばっかかけてる、情けないけど。こういう時、風間さんなら…姉さんに寄り添ってあげられるかもしれないけど…俺、ずっと

          9月「曼珠沙華のうた」⑦

          9月「曼珠沙華のうた」⑥

          「姉さん…?」  声をかけても、無言で俺をぎゅっと抱き締めたまま動かない姉。俺の視界には姉の背中しか入らないせいで、どんな表情をしているのか分からないけれど、何かに必死に耐えているようにも見えた。  幼い頃は姉の方がずっと背も高く、背中も大きく見えたのに、背丈は中学生くらいでとうに超えていたし、気づけば姉が小柄に感じるほどになっていた。いや、元々大きい方ではなかっただろう。あくまで幼い頃の俺から見て、大きく見えただけで、姉はきっと平均よりも少し小柄なんだと思う。抱き締められて

          9月「曼珠沙華のうた」⑥

          9月「曼珠沙華のうた」⑤

           両親が居ないことで、学校で誰かにいじめられたりしたことはない。だから学校で何か問題が起きたなんてことは一度もなかったし、悪意のある人間に会ったとすれば、それは他人より身内の方が多かったのだ。親戚が集まれば、心配と称してあることないことを口にしたり、陰でコソコソと言う大人たちを目にしてきた。それもほとんどが姉に対する物言いのように、当時中学生だった俺には聞こえた。両親が亡くなったあと、祖父母は健在ではあったが、既に叔父や叔母と一緒に暮らしていたり、施設に入っていたり、俺たち姉

          9月「曼珠沙華のうた」⑤

          9月「曼珠沙華のうた」④

          「…姉さん?」  どこか遠くへと視線を向ける姉の眼差しと姿に、不安が湧き起こった。確かにここに居るのに、夢じゃなかったのに、頬をつねられた痛みも額に当てられたひんやりとした手も、確かに感触があったのに、なぜだか目の前の姉の姿を目にしていると、ここではないどこか遠くに居るようだった。 「…人ってさ、いざとなったら意外な力が出たりするのよね。重かったけど、何とか運べるものね…」 「え…姉さんが運んだの? ここまで?」  今にも儚く散ってしまいそうな存在に見えた姉の口から出た言葉に

          9月「曼珠沙華のうた」④

          9月「曼珠沙華のうた」③

           目の前の人物をはっきり捉えておきながら、俺は信じられないものを見るかのように凝視する。ずっと行方不明だった姉が目の前にいるのだ。それも捜索願いを出したばかりの人物が。これは夢なんじゃないかと疑っていると、口には出していないはずなのに、これは夢じゃないんだと言わんばかりに、姉は俺に近づいてきて、俺の頬をつねった。 「なんれ?」 「つねってほしそうにしてたから」  姉はフッと笑みを漏らして、俺の頬をつねった後、鼻をぎゅっとつまんですぐに離れた。 「え、なんで?」 「…そこに鼻が

          9月「曼珠沙華のうた」③

          9月「曼珠沙華のうた」②

           背筋へと冷たい滴が流れ落ちる。それが傘から落ちてきた雨粒なのか、自分の冷や汗なのか分からない。ただ頭の中には危険信号のように恐怖が湧き起こった。 「いやいやいや、雨で視界が悪いだけだ。どこかで曲がったか、あるいは反対側か…俺が気づかないだけで、向こうが避けてくれたとか…そうだ、何でも悪い方へ考えるのはよくない…そう、良くない」  独り言のように小声で自分に言い聞かせるも、一度湧き起った恐怖はなかなか消えてくれない。足早に家へと歩き出そうとした直前、か細い女性のような声と共に

          9月「曼珠沙華のうた」②