5月「ヤマボウシの約束」⑥
『何でお前はそんなふうに言えるんだ…。捨てられたら悔しいし、哀しいと言いながら…それでも取り戻そうっていうのか…? どうして…』
始終どうしてなのかを問ってくるのに対して、あたしはただ自分の正直な気持ちを答える。
「そんなの、あたしにとって蒼(あおい)が、唯一無二の存在だからよ。蒼にとって、あたしがそうでなくなったからって、あたしにとっての蒼の存在は何一つ変わらないからよ。それに、もし…本当にあたし以外に必要な存在が居るんだとしたら、離れ離れになる辛さを…蒼が哀しむのを、あたしが望んでいるわけない。その人のためにも、蒼のためにも、あたしは蒼を取り戻す!」
何を言われようとも、蒼にとっての自分の存在が必要のないものになったとしても、あたしにとっての蒼という存在は変わらないことを、はっきりと伝えたかった。それは誰でもない自分のために。だから、次に何を言われてもいいように、あたしは目の前の存在から目を逸らすことなく、自分の意思の強さを表すように、ただじっと見つめ返した。すると、目の前の存在はあたしの視線を受けながら、未だに『どうしてだ…』と繰り返し呟いていた。
あたしはさっき自分が言われた言葉を思い出した。
『あいつは自分以外の存在のことなんか、どうでもいい…そういう奴だ』
あたしを挑発している時には気がつかなかったけど、今思えばあの言葉は蒼の傍に居るという、片割れの存在に対して放った言葉だった。あの時…その言葉を発した時の様子はちゃんと覚えていないけど、声はどこか哀しそうで、さっきまでの自分を思い起こさせた。
「ねえ…あんたにだって、その片割れってのはそういう存在なんじゃないの? だから自分以外の存在のことなんかどうでもいいって、拗ねてるんじゃないの?」
まるで自分のことのように思えて咄嗟に口にすれば、黒縁眼鏡から覗く瞳が私を射貫くように向けられた。
『はあ? 低俗な人間の分際で、ボクをお前なんかと一緒にするなよ? ボクらはお互いがお互いを必要とする存在なわけじゃない。たまたま一緒に居ただけの偶発的な存在なんだ。あいつもボクのことをそう言ったんだ。お前にとってあの蒼って人間が必要な存在であっても、その蒼がお前を必要としないんだから、どの道帰ってこないだろう。お前たちは再びこの次元で、一緒にいることはない』
「低俗低俗って…さっきから聞いてりゃ、あんたの言ってることは、どこをどう聞いたって、喧嘩別れしたあたしと何ら変わりないじゃんか! トキって奴に、お互いがお互いを必要とする存在じゃないって言われて、悔しかったんでしょ!? だからそうやって自分もそうだって言い張って、自分の中に起きた寂しさやショックを隠してるだけじゃないの⁉ そんなの…そんなに悔しいなら、そのトキって奴に直接言えばいいじゃない! そんなことも解らないで、あたしみたいな低俗な人間に指摘されるハルの方が、ずっと低俗っていうんじゃないの⁉」
売り言葉に買い言葉というように、あたしたちはお互いの気持ちをぶつけ合うように口喧嘩した。黒猫ルイは、そんなあたしたちをじっと見ていたけど、途中であたしの足にすり寄って来た。
「ルイ…どうしたの?」
『特異なことではあったけど、巻き込まれたメイには話しておくべきだと思って…そもそもハルとトキが地上に落ちたのは、原因があってのことだったの』
『なっ…ルイ、ボクを裏切るのか!?』
黒猫ルイが、そもそもこうなったという原因を話そうとすれば、ハルは羽を大きくバサバサと揺らしながら抗議をする。しかしそれをものともしないように、黒猫ルイはハルを一瞥すると、すぐにあたしに視線を戻して話し始めてくれた。
「…それって、つまり…本当に喧嘩したってこと?」
『そうよ、お互いの管轄区域で争って喧嘩したの。ハルもトキもお互いが譲らなかったから、最終的に取っ組み合いのけんかになってしまって…。私もカジも止めたんだけど、結局トキが地上に落ちてしまったの。恐らくそれを蒼って子に見られたんだわ』
「喧嘩…本当にただの喧嘩だったんだ…」
『双子だから、喧嘩は日常茶飯事なんだけど…今回は珍しく、お互いが譲らなかったのよね』
あたしと蒼が巻き込まれたそもそもの原因が、本当にただの喧嘩だったと言われれば、予想外に単純な事実に愕然とした。そして二人が双子だと言われたことにただ驚く中で、ハル本人に視線を向ければ、居た堪れない気持ちが少しでもあるのか、視線を逸らすように上空を見ている。
「…なんで、譲らなかったの? 何が原因で喧嘩したの?」
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