5月「ヤマボウシの約束」⑭
突然の質問に、あたしはハルを見つめ返す。けれどハルの表情からは、何も読み取れない。いや、最初からハルの表情からは、何も読み取れなかった。なぜなら彼の見た目は…
「キュー〇ーだから」
『ボクはキュー〇ーではない』
あたしとハルの声が重なる。ハルは怪訝そうな顔をして、眉間に皺を寄せていたけど、その変わらない態度にあたしは笑みを漏らした。
「ははっ…結局最後まで人の声、勝手に読むんじゃん。じゃあ、もう聞かなくても解ってるんでしょ」
ハルはあたしの言葉を聞いて、大きなため息をひとつついた。その姿を見てあたしは、にっと満面の笑みで答えた。
「あたしはハルの答えをどっちも選ばない。でもあたしは蒼(あおい)のことも自分のことも諦めない。だからたとえ喧嘩別れした時に戻すことを選んでも、親友に戻れるかどうかなんてそんなのどうだっていいことなんだよ。あたしの中で蒼が唯一無二の存在だっていう事実は変わらない、これからも。それに未来がどうなるかなんて、誰にも解らないでしょ? だったらあたしは諦めない方を選ぶ。だから、あたしは元の場所へ蒼と共に帰るよ」
あたしが自分の気持ちをハッキリと伝えた時、視界が鮮明になった。無色透明な箱のようなものもなければ、目の前を阻んでいた透明な空気の塊も存在していなかった。そして目の前に倒れていたはずの蒼やトキたちの姿も、いつの間にか消えていた。
「え、どうゆうこと? ここが元居た場所ってこと?」
辺りを見回せばそこは、最初にハルやルイと出会った場所に見えるが、次元が変わった時も正直どこが変わったかなんて、あたしには解らなかったから、どういうことか聞こうと思ったけど、地上にはハルの姿が見当たらなかった。せめてルイでも居れば…と思って探していると、足元を一匹の黒猫が通り過ぎていく。
「ルイ! ねえ、待ってよ。ここはどこ? 戻って来たってことなの? 蒼もちゃんと元の場所へ帰れたの?」
過ぎ去っていくだけの黒猫に必死に声をかけるが、一度も黒猫は振り返らずに歩いて行ってしまった。どうすればいいのか解らなくて途方に暮れていると、出会った時と同じように背後から声がした。
『あれはただの黒猫だ、それもオスのな。ルイじゃない。そんなことも解らないのか? だからお前たち人間は…』
呆れながら嫌味を連発している声に振り向けば、そこにはハルの姿があって、ハルの近くには今度こそ本物の黒猫ルイの姿があった。嬉しさのあまり、駆け寄って抱きつこうとすると、その一瞬手前でハルはあたしを交わして目の前で舞い上がった。
「ひどくない? 感動の再会くらいしなさいよねー」
『感動もしないし、再会という程離れてもいない。最初にボクとお前が出会った場所へ戻って来ただけだ。つまりここでお前とはお別れだ』
お別れだという表現を使ったハルに、なんだかんだ愛着のようなものを感じていると、ルイがあたしの元へ来てくれる。ルイは長い尻尾をあたしの腕に絡ませた後、声をかけてきた。
『メイ、あなたのおかげで総てが元通り…とは言い切れないわね。でもトキもカジも、そしてハルもあなたのお陰で無事だった。蒼も無事に戻っているわ。それとね、ハルはなんだかんだ言って感謝してるのよ』
最後の言葉だけそっと耳打ちしてくれたルイと、ふふっと笑っていると、ハルは自分のことだと解ったのか、じろりと視線だけを向けたが、それについては何の反論もしなかった。
「ねえ、ハルは? トキと仲直り出来そう?」
『…そうだな。少なくともボクらは双子で、お前たちよりずっと繋がっている存在だ。トキがどういうつもりであんなことを言って、今回のことが起きたにせよ、お前たちを巻き込んでしまったことは反省している。今度はそうならないように、トキの真意を確かめることにする。ボクにとってもあいつは唯一無二の存在だからな。お前は…』
「あたしは諦めないよ。可能性が少しでもあるなら…ううん、未来は自分で創り出すから。今度もし会う時は、二人同士と二匹だからね。まあ…二度はないって言うんだろうけどさ。じゃあ、あたし行くよ。蒼を追っかけて勘違いと誤解を解消しなきゃ。こうしてる間にも蒼が先に帰っちゃうから」
ハルがあたしの最後の問いに、素直に答えてくれたのは、正直予想外ではあったけど、最後にあたしもあたしなりのお別れの言葉を告げて、ハルとルイに向かって手を振って、蒼が向かったであろう先へ走り出す。あたしの上空に舞い上がっていたハルが、それをどんな表情で聞いていたのか知る由もないけれど、走り出したあたしの背中をそっと押すようなやわらかい風を、あたしは感じていた。