5月「ヤマボウシの約束」⑪
「ハル!!」
ハルと同じ羽を持った存在を見つけた瞬間、あたしはハルの名前を大声で叫んでいた。その声が届いたのか、ハル自身も見つけてしまったのか、少し先の道に倒れているその存在のすぐそばに着地したハルは、見下ろした状態のまま固まって動かないように見えた。
あたしは倒れている蒼をその場に残し、立ち尽くしているハルにそっと近づいた。
「ハル…? トキは無事なの? 蒼と白猫は眠ってるように見えるけど、怪我はないみたいだった」
羽を持った小さな存在は、あたしの見た目には、蒼たちと同じように眠っているだけに見えた。でもハルの様子からすると、あたしたち人間には解らない何かがトキには起きているのかもしれない。あたしは様子を窺おうと、ハルにそっと声をかけてみたが、あたしの声は耳には入っていないのか、トキの姿を視界に移したまま一向に動こうとはしなかった。
「何か手掛かりがあるといいんだけど、せめて何が起きたのか解れば…」
自分が置かれている状況で、自分に出来ることが何なのか解らなかったけれど、蒼たちが目覚めるために残された手掛かりがないかと、辺りをキョロキョロと見渡してみる。後ろに残してきた蒼の姿が目に入ったが、変わらず眠るように倒れている。その近くには黒猫ルイの姿があって、ずっと何かを考えるようにして、こちらも身動き一つ取らずにじっとしていた。
この次元に降り立った時、あたしたち人間には見た目は変わらないと言ったくらいだから、あたしが見つけられる手がかりなんてないのかもしれない。それでもこのまま、蒼が目覚めるかどうかも解らないまま、時間だけが経過していくのは嫌だった。だからあたしは探した、手掛かりになるようなものを。あちこちウロウロして、あたしたちが元々いたという次元と、違うものがもしかしたら見つけられるかもしれないと、たとえどんなに些細なことでも見つけてやる…と思った。
あたしはもう一度ハルの傍に戻って、トキが倒れている場所に何かがあるんじゃないか…と思って、覗き込む。小さな羽にハルと同じ鈴がぶら下がっていて、羽は少し傷ついているように見えた。もしかしたら他にもどこか傷ついているのかもしれない…と思ってトキの体に触れれば、体のあちこちに痣のような黒いシミが広がっていた。
「え、何これ…」
最初はあたしが手を触れてしまったことでトキの体に異変が起きたんじゃないか…と錯覚してしまうくらいに、触れた場所に黒いシミが広がっていった。でもそれは少しずつ、まるで侵食していくようにじわじわと広がっていく。あたしは気づかなかっただけで、蒼や白猫にも同じような黒いシミが広がっているのかもしれない…と思って、その場から離れようとした。
『ハル! ダメよっ…!!』
あたしがその場から離れようとするより早く、黒猫ルイの鳴き声が届いた。ルイはさっきまで蒼たちの近くに居たはずなのに、いつの間にこっちへ来たのか、ハルのすぐ後ろでハルに何かを訴えている。トキの体から視線を外してハルへと向ければ、ハルは下を向いて立ち尽くしたままの状態で、手をぎゅっと握りしめていた。
『ハル! 私の声が聞こえる!? 自分を強く持つのよ! あなたこのままだと闇落ちしてしまうのよ!!』
闇落ちという聞き慣れない言葉が聞こえて、ルイに視線を向ければ、ルイはこれまでに見せない焦りの表情を見せていた。ハルに懸命に声をかけ続けるルイから、ハルに視線を戻すと、表情こそ下を向いていて見えなかったが、ハルの体から黒い煙のような靄のようなものが放出されているのが解った。そしてその黒い煙のような靄のようなものに包まれて、ハルの背中から生えている白い羽が、灰色から黒色へと少しずつ染まっていった…。