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5月「ヤマボウシの約束」④

「で、今そのトキってのはどこに居るの⁉ そもそも何で蒼(あおい)は連れ去られたのよ!」

『メイ、落ち着いて。トキはわけあって、地上に落ちてしまったのよ。本来なら人には見えざる存在であるはずなのに、メイがハルと私を見つけてしまった。同じように、蒼という少女にもトキとカジが見えてしまったことで、動揺して連れて行ってしまったのかもしれない。でもカジは気づいたはずよ、蒼という少女が昔自分を救ってくれた子だと。だから…』

「だからって大丈夫な保証があるの⁉ 現に連れ去られたんだよ? 蒼は…どうやったら戻ってこれるの? ルイなら蒼を戻せたりしないの?」

 あたしは黒猫ルイの小さな体を大きく揺さぶった。あたしが二人の存在を認識出来たことに、これだけ驚かれたのなら…蒼も同じような目に遭っているかもしれない。それに、あたしが遭遇したキュー〇ーのような存在は、口が悪いだけで済んだけれど、蒼の方に居るトキっていう名前のもう一人のキュー〇ーのような奴が、危険性がないという保証がどこにもないことに、あたしは内心焦っていた。

『メイ、とにかく落ち着いて…私を揺らしても何にもならないわ…蒼という少女を救える方法は、連れて行った本人かハルにしか出来ないのよ』

 ”蒼を救える方法”という言葉にあたしは飛びついたけど、黒猫ルイはまた揺さぶられると思ったのか、あたしをひょいっと交わして長い尻尾を揺らしながら、ハルと呼ばれる存在の方へ視線を向けた。

 黒縁眼鏡をかけたキュー〇ーのようなハルと名乗る羽を生やした奴は、しばらく同じ場所に立って、何も喋らないままじっとしている。自分を高貴な存在だと言っていたし、あたしに対して人間ごときと言い放っていたくらいだから、相当人間に対しての嫌悪感があるのかもしれない。そんな嫌悪感しかない存在に、自分たちの存在が見られたばかりか、ルイに触れたことや白猫の匂いがあたしからすることに相当なショックを受けているようだった。

「あいつにしか出来ないって…どういうこと? 連れてった本人のところへ行けるってこと? それとも異次元に居るもう一人に連絡取れる…みたいな方法でもあるの?」

 そもそも異次元がどんなところなのかも解らないし、どういう風に存在しているのかがあたしにとっては、既に未知の世界だし…未知の世界といえば、この二人(?)の存在も現実世界しか知らない人間にとっては不可解なのだ。それでもこれが現実に起きていることで、夢の話じゃないというのなら、今自分が置かれた現状を受け入れるしかない。蒼を救い出すためにはそうすべきことなのだ。

『連絡は取れるわ。行くことも出来る。ただ…』

『ボクはやらないぞ』

 さっきまで微動だにしなかった、キュー〇ーのような奴が黒猫ルイの真上を、パタパタと羽を動かしながら宙に浮いていた。羽が動く度に、チリンチリンと可愛らしい鈴の音が鳴っている。

「やらないってどういうことよ!」

 思わず掴みかかろうと手を伸ばすと、ひらりと交わした上にフフンという表情をして、自慢げにあたしの周りを羽ばたいている。

『ボクがやらないと言ったらやらないんだ。あいつがどうしようとボクの知ったことじゃない』

「はあ? さっきまで一緒に居たんでしょ、そのトキとか白猫と。一緒に居たくせに心配じゃないの?」

『心配? お前は心配してるのか、その蒼っていう奴を』

 心配しないのかと問えば、あたしの周りを羽ばたくのをやめて、黒縁眼鏡に手をかけると、こちらをしつこくじっと見つめている。口にこそ出してはいないが、その表情は心底不思議がっているようにしか見えない。そしてあたしに蒼を心配しているのか…と疑いの眼差しを向けた。

「するわよ、心配。何でそんなに心底不思議そうな…理解出来ないって顔つきしてんのよ」

『いや、ホントに理解不能な生き物だな…お前たち人間は。ボクたちがそもそもここを通りかかった時…お前たちは仲違いしてたじゃないか。言い合って喧嘩別れして、お互いがお互いに背を向けて歩き出したじゃないか。もう顔も見たくない存在だったから、離れたんだろう? それなら寧ろ、離れられてラッキーじゃないのか?』

 キュー〇ーのような出で立ちの、羽を生やした存在の…黒縁眼鏡越しの目があたしを捉える。蒼と喧嘩別れしたことを指摘されたあたしは、途端に何も言えなくなった。

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