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5月「ヤマボウシの約束」⑤
『ほら見ろ。何も言えなくなったってことは、図星だったんだろう? それでもお前はまだ、蒼(あおい)って奴を助けたいのか?』
何も言えなくなったあたしに、羽をパタパタと動かしながら距離を詰めてくる。まるで勝ち誇ったかのような口ぶりに、悔しさから自分の手にぎゅっと力がこもった。
悔しい…こんな見た目キュー〇ーのような小さいオッサンに、いいように言い負かされるなんて…でも、確かに喧嘩別れしたのも事実だ。
『そうだろう? ボクの見た目の話はともかく、喧嘩別れするくらいだ。お前はあの蒼って奴の顔をもう見たくはないんじゃないのか? いつも一緒に居るからって、これからも一緒に居られるとは限らない。蒼って奴がお前以外の誰かと一緒に居ることになれば、お前はお払い箱になるんじゃないのか? それなのにお前はあいつの隣に居る選択をして、また自分を傷つけるのか?』
「勝手に何度も人の心読まないでよ、腹立つわね」
言葉に出さなくても思ったことに対して、更に言葉を重ねて追い撃ちをかけられる。それもわざわざ喧嘩になったそもそもの理由を持ち出して…だ。実際に蒼と喧嘩になったのも、本当にソレだった。
ずっと一緒に居たのに、唯一無二の存在だと思っていたのに、蒼にはあたしじゃない、一緒に居たいと思う別の相手が居て、その存在について蒼本人ではない、別の人から知らされた…という事実にあたしは傷ついた。そしてそれを帰り道、蒼に確かめようとしたのに喧嘩になって別れてしまった…というわけだ。
事実に基づいて追い撃ちをかけられた上、『お払い箱』という言葉があたしの傷をえぐっていく。
『どうせあっちも同じこと思ってるんじゃないのか? 同じようにボクの片割れに、離れ離れになるのが正解だって諭されてるハズだ。あいつは自分以外の存在のことなんか、どうでもいい…そういう奴だ。現に蒼って奴も、こっちに帰ってこないじゃないか。つまりお前は……』
『ハル! それ以上言ってはダメよ。私たちの存在が人間に接触すること自体、本来異例なのよ? あなたが今言おうとしていることは、こちら側の世界に介入することになるの、解るわね?』
ハルと呼ばれた存在が、あたしに対して何かを言おうとしていたのを、黒猫ルイが制した。何を言おうとしていたのか、あたしには想像もつかないけど、多分良くないことだ。それを言うことで、どうこっち側の世界に介入することになるのかも、こっち側の世界がそもそも何のことかも解らないけれど、ルイの制御で言葉は風と共に消えていく。それでも納得がいかないのか、ハルと呼ばれた存在はぎゅっと手を握りしめている。
「…言いたいことがあるのなら、ハッキリ言いなさいよ」
『メイ! ダメよ、こちら側の世界に存在する者が許可したら…』
「ねえ、ルイ。難しいことはよく解んないけど、あたしが許可すればあいつはソレを発言できるんでしょ? それに言わないと、あいつの方がどうにかなりそうじゃん。あたしはあいつに何か言われたからって、どうにもなんないよ」
手をぎゅっと握りしめたまま、何かを我慢している姿を見たら、同情心のようなものが沸き起こった。人の心は勝手に読むし、見た目と違って口を開けば可愛くないことばかりしか言わない存在なのに、どうしてなのか放っておけなかった。だから黒猫ルイがあたしを止めようとしたけど、あたしは発言の許可を出した。
『そんなに言われたいなら言ってやる。こっちに帰ってこない選択をするってことは、お前の居る次元とは違う次元で生きると決めたってことだ。つまり…お前はもうあいつの隣には必要のない存在ってことだ。解るか? お前は…捨てられたんだよ』
ハルと呼ばれた存在が、言い放った言葉に対して黒猫ルイは、止められなかったことを悔やんでいるのか、別の心配をしているのか解らないけど、盛大な溜息をついた。
「…なんだ、そんなこと。だから? 捨てられたからって何なの? それとあたしが蒼を取り戻さないのと、何の関係があるっていうのよ。そうよ、あんたの言う通り、あたしたちが喧嘩した原因は、唯一無二の存在だったはずなのに、あたし以外に一緒に居たい存在が出来たこと。それも直接蒼から言われたわけじゃない。それが一番ショックだったのよ。だから蒼から直接聞くつもりで、何度か確かめようとしたのに…蒼は一度も口にしてくれなかった。蒼にとってのあたしは唯一無二の存在じゃなかったかもしれないって思ったら…それが悔しかったし哀しかった!!」