#47 考え続けるってむずかしいね

※この記事には結論がなく、ただただ筆者の苦悩が描かれています。読み返してみて思ったので最初に注意書きをします。(笑)

久しぶりに開いたnote。最後に記事を投稿したのが8月末と気づき、マスクの中が汗ダラダラだったあの時期から、マスクによる防寒にありがたみを感じる時期まで、なんてあっという間なんでしょうか。

皆様お元気でしょうか。

最近はなんだか感覚が研ぎ澄まされていない気がします。感覚ってなんやねんというと、「noteに書きたいかも」と思えることに出会える確率が減ってきた気がするんですね。思考を深められない。集中力が持続しない。そんな感じです。
でも、身の回りで起きていることってそんなに変わっているはずはなくて。何かに気づいて、それについてボーッと考える時間が減ったのかもしません。気になる事象に出会ったら、それについて思索を深めるようにしないと。反省反省。

といいつつも、昨日ちょっと考えたことがありました。
私は大学時代にちょこっとだけスペインのフェミニズム運動のことを調べていたこともあって、いわゆるジェンダー問題とか、女性の権利向上とか、女性の社会進出とかいうキーワードは、それなりに興味を持っているつもりです。
つい先日、NHKスペシャルで「コロナ下の女性たち」という特集が組まれているのを食い入るように観てしまいました。日本における働く女性の数は増えたけれど、その多くは不安定な非正規雇用で、コロナの影響で雇止めにあった、給料が減少した、といった目にあった人は男性に比べ女性が多いんだよ、という話でした。緊急事態宣言が出された直後、仕事を失った人は男性32万人に対し、女性は、倍以上の74万人。そして、自殺者の数も10月は去年と同じ月に比べ男性が21.7%増、女性が82.8%増と、女性が特に増えている、とのこと。その番組に出ていたあるシングルマザーの方が、「女性活躍とか、女性の社会進出とか、そんな恩恵を受けているのは上の一部の人たちだけ。私は上に登りたいと思ってどんなにエレベーターのボタンを連打しても、上には行けないの。」と言っていました。

正直、かなりグサリときました。私は女性に生まれたけれど、両親も高校や大学といった高等教育に私が進むことに反対せず経済的・精神的な支援をしてくれて、留学先のスペインでは多くの男女問わずフェミニストの友人が出来て、ご縁があって就職したいまの職場でもジェンダーギャップを感じることなく努力すれば活躍することができる場だと感じています。夫や子どもなど家計を共にする人もおらず、とりあえず20代まっしぐらに生きていく予定…だったのですが、そんな自分が「ジェンダー平等」とか「女性の権利向上」に興味を持っていいのか?もう十分満たされてるんじゃないか?本当に苦しんでる人達から見たらあまりにも不遜に思われるのではないか…?なんて思いがよぎりました。世界のどこかで起きている紛争や飢餓にも同じような気持ちが募るときがあります。自分の無力感たるや。

という話を私のパートナー(彼氏)にしてみたら、「恵まれた立場にいるからこそ与えられる影響が大きいことも多々あると思うよ」というありがたいコメントを頂き、そっか、私にも何かできることがあるのかな、と考えたところ、やはり思いつきません。

スペインのフェミニズム運動をちょっと勉強したときは、「あくまで自分がより良く生きるための知識をつけたい」というモチベーションがあって、その勉強を通じて形成された自分なりの「社会的性にとらわれない生き方」は、政治的意見を言うのがなんとなく憚られるのと同じで、周りの友人にはあまり大声では伝えてこなかった(はず)。
もし、いつか自分の周りに女性(or男性)ゆえに傷ついてる人がいて、自分にたまたま助けを求めてきたら、「こんな考え方もあるかもしれないよ」と伝えられたらいいと思っていた。それで十分だと思っていた。でもそれって、テレビで映し出されていたような、仕事が無くなって困窮している女性たちに何も恩恵がないように思えて…

自分ができることを考えつづけるのは、とても難しいなと思ったのでした。はて、何から始めたらいいのだろうか。

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