3分で哲学(近世③) ロック
ロックはイギリスの代表的な哲学者です。
イギリスでは知識や観念(自分が意識している物や事)は全て五感を通じて得た経験によるもので、生まれ持った知識や観念は存在しないという考え方が発展しました。
これをイギリス経験論といいます。
これに対してデカルトやスピノザは、人は生まれつき知識や観念を持っているという考え方で、これは大陸合理論と呼ばれています。
生まれつき持っている観念、これは生得観念と呼ばれます。
近世はこの2つの考え方が主流であった時代だと言われます。
タブラ・ラサ
ロックもイギリス経験論の立場から大陸合理論に疑問を持ちます。
医者でもあったロックはたくさんの赤ちゃんを見てきた結果、人が生まれつき観念を持っているとは思いませんでした。
生まれたときの人の心は何も書いてない白紙(タブラ・ラサ)だと考えました。
タブラ・ラサとはラテン語で「何も書かれていない書板」の意味です。
ロックは経験したことがこの紙に書き込まれて、知識や観念になると主張したのです。
単純観念と複合観念、抽象観念
生得観念を否定したロックは、人には生まれつきの知識はなく、すべては経験によるものと考えました。
ロックは「赤い」「甘い」「硬い」など、五感による今までの自分の経験を組み合わせることで、りんごを認識できるようになると考えたのです。
「赤い」「甘い」「硬い」など、五感から得る印象を単純観念、それらを組み合わせてできた「りんご」という知識を複合観念といいます。
ロックは経験を感覚と内省にわけて、人間は五官によって単純観念を獲得し、それを内省することで複合観念をつくると言います。
また「赤い」「白い」「青い」ということは視覚によって確認されることですが、これらの同じ性格をもつ複数の観念からその個別性を捨象すると「色」という観念が抽出できます。
このようにして得られた観念は「赤」や「りんご」のような観念とは区別され、抽象観念と呼ばれます。
第一性質と第二性質
ロックはものの性質を2つに分けて考えます。
りんごの硬さや味などは人間の感覚器官がそう捉えているだけで、りんごそのものに備わっている性質ではありません。
同じりんごを食べても、ある人は甘いと言い、別の人はすっぱいと言うことがありますよね。
このような性質は個々の人間の感覚に依存するものであり、主観的なものです。
このような人間の五感によって捉えられる性質、つまり人間が存在しないと成立しない性質は第二性質と呼ばれます。
これに対して人間の五感に関係なく、りんごそのものに備わっているのが第一性質です。
りんごの固体性や個数、大きさ、形などは客観的(量的)な性質であり、そのりんごが1個しかないことは個々の人間の感覚には依存しません。
デカルトが物体の本質として取り出した延長も、第一性質に当てはまります。
後に同じくイギリスの哲学者バークリーによって第一性質と第二性質の区別は無効とされますが、ロックはイギリス経験論の先駆けとして後世に影響を与えたのでした。