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【15日目①】荒野の真ん中で死にかけた話

周りにはゲルも道路も何もなく、もちろん人もいない。
夜は星がすごく綺麗だけど、オオカミの遠吠えが聞こえる度に警戒。

何度もムチとナイフに手をかけながら、なんとか夜が明けた。
2日連続でまともに寝ていなく、昨日は21kmも馬を引いて歩いたからそろそろ体力も限界に近い。

昼間はあんなに暑かったのに、今朝は吐く息が真っ白になるほど一段と寒い。
味噌汁ご飯を喉に掻き込んで、ジョナに跨り、懐中電灯を片手に昨日の水場に水を飲ませに行ってしばらく休憩。

今朝はやたらと朝焼けが綺麗だ。
どんなに辛いことがあっても360°広がるこの景色を見る度に、いつまでも旅を続けたくなる。

まだ朝焼けで薄暗い中、テントを畳んで、歩きで馬を引いて出発。
頭の中で勝手にサザンオールスターズの希望の轍が流れ始めた。

景色も綺麗で、最初の1時間は歌いながら歩いた。
でもすぐに足の豆が潰れ始め、ブーツが血で湿ってきているのを感じる。
それでも次の村までの40kmは全然歩ける気がしている。

しばらくして、クロが下痢をしていることに気付く。
恐らく毒草を食べてしまったのだろう。

クロは食欲が旺盛だから、目を離した隙に食べちゃいけない草までも食べてしまう。
こんな状況になっても道草を食べまくろうとするクロを抑えつつ、先に進む。

次に草と水のいい場所についたらしばらく休ませてあげないと。
それにしても今日はやたらと暑い。

昨日は雲が途切れ途切れに日陰を作ってくれたけど、今日は全く雲がない。
飲み水の減り方も早くなり、まだ半日も経っていないのに残り2L。

いつも通りだけど、道草を食べようとするクロを抑えながら歩くのは体力の消費が激しくなる。

さすがに睡眠不足が祟ったのか、少し体が重くなってきた。
休むことも考えたけど、クロもジョナもこんな枯草を食べたら余計にお腹を壊しそうだし、近くに日陰も水場もない。

ここで休んでも、体力が奪われるだけだ。
とにかく飲み水を節約しながら足を速めた。

クロに乗ろうかとも一瞬は考えたけど、まだ鞍ズレもあるし、喉が渇いてるのは同じはず。
自分だけ楽をするのも悪いし、絶対に町までは自分で歩こうと決めた。

昼過ぎになり、昨日のテントから20kmほど歩いたところで町が見えてきた。
この辺りでは中規模の町、ナランブルクだ。
「助かった」 そう思って早足でいくら進んでも、町は小さいまま。

GPSで確認すると残り23km。 町は見えてるのに、すごく遠い。
相変わらず、周りには日陰も水場も草もない。

意識が朦朧としてきて、強い吐き気が襲う。
日射病だ。 対処できる日陰も水もない。

フラフラになって歩いていると、クロが急に立ち止まった。

握っていたクロの手綱に引っ張られるような形で、体の力が抜けて顔から倒れ込んだ。

起き上がろうとしても指にすら力が入らなくて目が回っている。
どうしようもなくて、倒れたままで30分くらいはいると少しは体も回復。

なんとか立ち上がって、残っていたオレンジジュースを1Lほど一気に飲んだ。

このままテントを張って休んでも飲み水が残り1Lだし、ジョナもクロも水と草がない状況で1日過ごせば動けなくなってしまう。

選択肢としては「進む」ということしか残っていない。

「ガァーーーーーーーーー!!!」

思いっきり叫んで、地面を拳で叩き、残っている気力を振り絞って、足を一歩一歩踏み出した。

オレンジジュースのおかげで少しは楽になったけど、それでもまだ頭がフラフラする。
時間との勝負でもあるから、自分の意識を足のペースを落とさないことだけ集中させて歩き続ける。

水は少しずつ飲んでたけど、ついに完全に尽きた。
2時間ちょっと歩き続けたけど、今度は膝から崩れるようにゆっくり倒れた。

もう視界もぼやけていて目を開けているのがやっとだ。
ずっと町は見えているっていうのに人の気配もない。

地面に頬をつけ、ぼんやり見える砂や石ころが妙にリアルで。
暑さも足の痛みも心地よく感じ始めて、薄っすら目を閉じる。

ここで人生が終わるのかと、意外とあっけなく簡単に人って死ぬものなんだなぁと。
やりたいことをひたすらやった人生だったし悪くなかったなとか、生まれて初めて間近に感じる死を、客観的に冷静に考えた。

いや、まだまだやりたい事は残っている!
目を開き、体力が少しでも回復するのを待って、なんとか立ち上がる。

もう手綱を引っ張る力も残っていないし、歩くこともできない。

どうしたものかと周りを見渡しても、辺りはやっぱり一面の荒野。
石がゴツゴツしていて、地面は掘れそうにない。

他に見えるのは、荷物を積んでいるジョナと鞍だけついているクロ。
クロに跨るっていう選択肢もあるんだな。

ただ、いつも全然違う方向に行こうとしたり道草を食べようとしたり乗る時に軽く暴れるような、あまり言うことを聞かないクロにこんな状況で跨るのは本当に賭けだ。

かといってジョナの荷物をクロに乗せ換えるほどの力は残っていない。
もし暴れれば確実に落ちるし、もう追う力もないけど、もう残っているのはその選択肢だけだった。

覚悟を決め、深呼吸して一気に跨ってみると、いつもは少し暴れるクロがじっとして動かない。

もう座っている力も残っていないから、上半身も崩れて、完全にクロにうなだれる体勢になる。

すると手綱を引いていないのに、急にクロが町に向かって早足で歩きだした。

手綱を引かないと全然違う方向に行こうとしたり道草を食べようとしたりするクロが、自分でまっすぐ進むなんて初めてだった。
本当は感動してるはずなんだけど、もうそんなことを感じる程の余裕もなく、ただ流れていく地面を見て、意識が飛ばないように集中していた。

もしかしたら助かるかもしれない。
油断すると飛んでしまっている意識の中、なんとか目だけは開き続けた。

1時間半ほど、クロはまっすぐそのまま町に向かって進んでくれて、立ち止まった。

力が尽きたのか動かない。
でもあと1時間も歩けば町に着く距離だ。
ここまでクロが頑張ってくれたんだ。
次は俺が頑張らないと。

何度も飛びそうになる意識を堪えて、クロを引っ張りながら残りの力を振り絞って歩いた。

2時間後、なんとか町の入り口に到着。


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