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佐久穂町の昔の集落の暮らし 羽黒下⑤ ~羽黒下駅をとりまく当時の景色 後編~

小海線、羽黒下駅。駅すぐ近くにある林業を営む『株式会社吉本』から漂う木のいい香りが、鼻をくすぐります。駅を中心とした羽黒下地区は、この地の歴史と深く関わる『株式会社吉本』をはじめ、たくさんの商店が立ち並び、東町と合わせて華やかな雰囲気のまちだったといいます。ここに来れば何でも揃う、と当時は言われていたほど、様々な種類のお店がありました。今はもう閉まっているお店でも、残っている看板からは当時の面影が感じ取れます。子どもたちがたくさんいた当時の様子はどんな雰囲気だったのでしょうか。羽黒下公民館で行われているサロンにお邪魔して、お話を伺ってきました。

[佐久穂町の昔の集落の暮らし 羽黒下] は、①〜⑥編まであります。
▼最初の記事はこちら
佐久穂町の昔の集落の暮らし 羽黒下① ~羽黒下サロンの取り組み~

こちらの記事では羽黒下④ ~羽黒下駅をとりまく当時の景色 前編~に引き続き、

高見澤千恵子さん(89)
中野さつきさん(81)

にお話を伺いました。

羽黒下には、年代ごとに女性たちが集まるコミュニティがあったそうです。女性たちの生活の様子と、今も続く地域のつながりの強さ。みなさんの元気の秘訣が、少し垣間見えたような気がします。

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農家ではなく駅前にある『株式会社吉本』で働く男性が多かった羽黒下。
女性も外で働く人が多かったという

50年も続く、地域の女性のコミュニティ

インタビュアー(以下 イ) 「盆踊りのお話の際に、“泉会”という言葉が出てきました、それは、どんな集まりなんですか?」

高見澤さん(以下 高) 「泉会っていうのはね、若い嫁さんの会。嫁に来たばっかの人がね、10人くらいいてね(その人たちで会を作っていた)。今は4人になっちゃったけど、まだ続いてる。1か月も休んだことない。何でも寄っちゃあ、お茶菓子代わりばんこに持ってきて。4,5年前からはガストに行くことになって。明日、行くんだけど。」

イ 「えー!楽しそうですね!」

高 「おしゃべりして、好きなもの食べてね。30歳くらいで作ってもらったとしたって、もう50年経つね(笑)」

イ 「みなさん、専業主婦だったんですか?」

高 「私たちは、勤めてた。けど、結局よく集まったかな。みんなそれぞれ仕事していたけどね。」

イ 「集まって、どんなことをしていたんですか?」

高 「ただおしゃべりして、お茶飲んで(笑)」

イ 「それが一番大事ですよね(笑)」

高 「今は“げんでる”(コミュニティバス)使って集まってね。考えてみりゃ何十年も続いてるね(笑)」

イ 「婦人会や子ども会みたいなものは、あったんですか?」

中野さん(以下 中) 「子どもたちも母親たちも、そこら辺の草むしったりボランティアをやったよね。今はそういうことないけどね。」

高 「子どもが少ないからな。」

中 「昔は人が多かったし、暇だし(笑)私のおばあちゃんたちはお茶会をうんとやってたらしいけど。」

高 「うん、やってた。」

女性たちも外へ働きに出る人が多かった

中 「(おばあちゃんたちは)のんびりね。旦那はいい給料とるし、自分らは暇だし、よかったみたいだよね。私らはもう少しずつ、短い時間だけど働くようになったからね。」

イ 「共働きだったんですね。」

中 「うん、そうね。(一日に)4時間とか5時間とか。」

高 「ここら(の女性)は、大体みんな仕事してたね。」

イ 「どういうところにお勤めに行かれてたんですか?」

高 「(スーパーマーケットの)ツルヤ。」

中 「ツルヤが開店になったからね。45歳くらいから(働いた)。ツルヤに行けば、涼しいしね。」

高 「私は暑いところ。中部電力の電気のメーター見て歩いたから。22年働いてたから、もうさんざん。オートバイは嫌だ。最後は車だったけどね。」

中 「あと電気部品とか、そういうところだったね。小さいところの仕事をしたんだよね。」

高 「内職もしたよ。」
中 「内職を配ってる人もいてね。」

イ 「しっかりお仕事して、帰ってきたら地域の仲間で集まってお話しして。すごく素敵ですね。」

高 「そうだよね。」

中 「(泉会などの女性の)会を中心にして、旅行にもうんと歩いたんだよね。」

高 「毎年そこら中旅行に行ったからね。九州、四国も。」

イ 「退職するくらいになってからですか?」

高 「ある程度子どもが大きくなってからだね。」

中 「うん、子どもの手が離れないとだめだね。」

高 「行かれないとこないくらい歩いた。」

イ 「中野さんも、泉会に入ってたんですか?」

中 「私はもう少し下の会だけど、そんなに大勢はいなかった。」

高 「この人は若いから。」

中 「でも旅行はずっと歩いた。(高見澤)ちえこさんとは別でね。」

イ 「いくつか泉会のようなグループがあったんですね。」

中 「そう、世代別にね。白樺会とか色々あったよね。」

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お友だちと、おしゃべりして、旅行して・・・とても楽しかった様子が伝わってきます。お元気な羽黒下の皆さん。昔から変わらず、今もサロンで生き生きと過ごされているのも、納得です。ちなみに高見澤さんは、今もスマホで歩数をチェックして毎日歩くようにしているそう。さすがです!

次回は羽黒下とは関わりが深い、馬にまつわるエピソードをご紹介します。

▼次回はこちら
佐久穂町の昔の集落の暮らし 羽黒下⑥ ~馬がいた道 賑やかな羽黒下とその周辺のまち~

文 櫻井麻美


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