ただ美味しいだなんて言いたくない。ぼくが最も愛するカレーは、暴力で、愛で、そして宇宙だった。
札幌に来た。狸小路に滞在している。カレーを食べるためだ。ぼくが最も愛しているカレー屋「むらかみぷるぷるカレー」が、ここにある。
ちょっと言い過ぎた。札幌には仕事で来ている。3年ぶりだ。仕事の都合としてはホテルはどこでも良いんだけれども、ともかく「むらかみぷるぷる」から近いこと、それだけを理由に狸小路7丁目にあるこのホテルに泊まることを決めた。ぼくはこの6日間の滞在で、毎日「むらかみぷるぷる」に通うことを決めている。
さて、「むらかみぷるぷるカレー」の正式名称は「村上カレー店PULU2」である。札幌駅からコンサートホールKITARAがある中島公園の方面、つまり南側に向かって歩くと、すすきのの手前で横たわる商店街に当たる。これが「狸小路商店街」で、アーケード街のなかに土産屋やチェーン店などが並び、非常に活気付いている。歓楽街のすすきのとは違ってとてもクリーンな感じだ。ドトールとか、びっくりドンキーとか、マツモトキヨシとか、そういった店たちが続く。これが狸小路商店街の三丁目。そこから右に折れて進むと、四丁目、五丁目と数が増えていく。数字が大きくなるにつれてだんだんとチェーン店が減っていき、六丁目には「狸小路市場」という小さな居酒屋があったり、その先にはミニシアターがあったりして、ちょっとディープになる。そして、アーケードの形も変わってちょっと薄暗い七丁目になると、小汚い居酒屋とか個人経営のレコード店とかが並び、三丁目にあった眩しいくらいの清潔感が消えてすこし居心地の良い感じになる。七丁目を抜けてアーケードが消えると、ここで狸小路は終わりかと思うけれど、実はその先には小さく「狸小路八丁目」とだけ書かれていて、古本屋や電気屋があったりする。そして、八丁目を抜けて右に曲がり、ちょっと歩くと、強烈なスパイスの香りがしてくる。ちょっと場違いな緑と黄色、赤色の看板(アフリカの国旗にありそうな配色だ)があり、地下を降りると、遂に「村上カレー店プルプル」に辿り着く。
爆音で流れるレゲエの音楽。作業灯のようなものに照らされた店内。壁にかけられている巨大なジャマイカの国旗、無造作に置かれたサキソフォン、剥き出しのダクト。天井にぶら下がっているのは何の変哲もないただの黒い傘。そしてテーブルのうえには業務用スーパーで見るような安い鯖缶が積み上げられている。ここは中南米かアフリカか南アジアか、いや下北沢か高円寺か、なんとも形容しがたいディープさだ。
3年ぶりにこの空間に入り込み、そして長らく待ち侘びていたカレーを注文し、目の前に運ばれたそれを目にしたとき、ぼくは涙が出そうなほど感極まってしまった。カレーから立ちのぼる湯気が作業灯に照らされ、ゆらめくフォルムが眼前に広がる。流れるレゲエ音楽に、ご機嫌なマスターが合わせて口ずさむ。レッゴーナーグリーン、レッゴーナーグリーン。
頼んだのは「ナットひき肉ベジタブル」。ひきわり納豆と鶏ひき肉がメインのスープカレーだ。ほかの具材は、オクラとジャガイモ、にんじん、そしてなめ茸。どんなチョイスだよ、とつっこみたくなる気持ちを抑える。
ひとくち食べる。さまざまな香り、味、食感が口のなかに広がっていく。カレーの刺激はわたしの舌に鋭く突き刺さり、柔らかく体当たりをし、濃密に絡み付き、そしてスパイスの置き土産を残して素っ気なく消えていく。出会うはずのなかった異なる要素たちが、ひとつの宇宙を作り上げる。それはヘテロフォニーの現代音楽のように色とりどりのテクスチュアで溢れており、わたしにさまざまな情景を想起させる。これはなんなんだ。やっぱりただうまいだけのカレーではない。
もう、しのごの言う必要もない。この記事をアップしようと思っているうちに、滞在5日目になってしまった。最後に、今回の滞在で食べたカレーをアップする。明日は残念ながら定休日なので、今日これから食べるつもりの「ケララチキンといか串」が今回最後のカレーになってしまう。次はいつ食べに来れるだろうか。
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