孤島の鬼漫画化に向けて①
江戸川乱歩に出会ったのは、小学校の3年生くらいの時だったと思う。
自宅に、兄が持っていた乱歩の本があり、それに手を伸ばしたのがきっかけだった。
最初はおっかなびっくりだった。
ポプラ社の少年探偵団シリーズを見たことがある方なら、ピンと来るのではないだろうか。背表紙に、おっかない仮面の男が肖像画の感じで、こちらを向いているのだ。青い帽子に赤い服。触るのも怖かった。
しかし、怖いもの見たさという言葉そのまま、「怪人二十面相」を読み始めた僕は、虜になった。読み終えてもしばらく、興奮と恐怖がおさまらなかった。二十面相ってのは、なんて恐ろしいやつなんだ、と震えた。
二巻のタイトルが、「妖怪博士」というもので、それも読み始めてみた。もう二十面相には会えないのかなとちょっと寂しく思いながらも、明智小林の捜査をハラハラと見守った。するとなんと、妖怪博士の正体も二十面相だった。妖怪博士だと思い込んでいたものが、まさか二十面相だったなんて。なんて恐ろしいやつなんだ、とまた震えが止まらなくなった。震えっぱなしの僕だった。
その後、二十面相は青銅の魔人になったり、鉄塔の怪人になったりして僕を魅了した。
これ、変装する数が二十じゃ足りひんのちゃうか、と子ども心に突っ込んだのだが、それに先回りするように、怪奇四十面相、とその怪人は名前を変えた。おお、すげえと思うと同時に、せっかく増やすのならこの際、百とか二百とかにすりゃいいのに、とも思った。
なんにせよ、僕は乱歩に夢中になった。
時々、二十面相が出てこないエピソードもあった。
今でも忘れないのが、「死の十字路」だ。痴情のもつれのようなものから始まるサスペンスで、車のトランクに仕舞っていたはずの死体が消えていたりと、展開に満ちていて、圧倒的な疾走感と緊張感で読了した。
今思えば、当時海外で流行していた犯罪小説や、フランスの怪盗シリーズの映画、フィルムノワールの影響を乱歩も受けたのではないだろうかと推察できるけど、小学生の僕にとって、殺して隠した死体がトランクから消えたら、と考えると、これはもう一大事だったのだった。
そんなわけで、中学生に上がると、自然とミステリー小説ばかり読むようになった。
横溝正史の「八つ墓村」、綾辻行人さんの「十角館の殺人」、森博嗣さんの「すべてがFになる」からのシリーズが、僕のミステリー好きを決定づけた。
さて、今回現代にアレンジ&漫画化の脚本を書かせていただいた「孤島の鬼」は大学出た後に読んだ記憶がある。
少年探偵団と違って、大人版の乱歩と言うべきか。長編も短編もまとめて何冊も読んだ時期があった。
その頃から、乱歩の長編では群を抜いて「孤島の鬼」が好きだった。
(ちなみに短編では「赤い部屋」「目羅博士の犯罪」「算盤が恋を語る話」「盗難」「お勢登場」「二癖人」「人間椅子」が好き。傑作揃いなので、ぜひ皆さんどの短編集でも一度手に取られてみてください)。
今回、この仕事をさせていただけることになり、まさに念願叶ったという気分。
十年ぶりに「孤島の鬼」を再読して、やはり最後まで強烈なリーダビリティを感じながら読んだ。
当然、純粋な読者目線ではなくて、これをどう現代にアレンジしようかという仕事目線で読むのだから、感じる歯ごたえも全然違って、面白いと同時に頭を抱えた。
この「孤島の鬼」、とにかく要素が多いのだ。
復讐もの、ほんのり同性愛、衆人環視下での殺人、絶海の孤島、水攻め。
乱歩お得意のネタばかりだとはいえるが、それが奇跡的な融合を果たしている。
さらには、今の時代には不具合な、ちょっと繊細な要素も混じっている。シャム双生児が登場するのだ。
たくさんある選択肢をどう取捨選択しながらアレンジしていくか。
実は同性愛要素も、当初は止めておこうかという意見が、編集者からは出ていた。
ネタバレにならないように書くが、原作の最後、同性への愛はかなり悲劇的な結末を遂げる。登場する蓑浦と諸戸の関係性は、いまでも十分あり得るような、あるいは肯定されるようなものだが、乱歩の終わらせ方は、あまりに切ない。有名な最後の文ではあるが、僕はあまり好きではなかった。
さりとて、ハッピーエンドにすれば良いというものではないだろう。
やはり、諸戸と蓑浦の間に生まれている、結ばれそうで距離のあるあの関係こそが、この物語を引き締めるのに大変な役割を担っている。
やっぱり孤島の鬼は、二人の関係があるからこそ、乱歩の最高傑作ともいわれるゆえんの小説になったのだ。なんとしても僕は、外したくないと思った。
参考にと何作か、いわゆるBLものの作品を見た。
やはり、切なければ切ないほど、良い。脚本を書く前に、諸戸道雄を、BLドラマに出ていた日本人アイドルの子に顔を設定して、脚本に取り組み始めた。
(直接参考にはならなかったが、ロウ・イエ監督の映画「スプリングフィーバー」は、切ない同性愛の終わりを描いていた。相当凄い、良い映画だった)。
(つづく)
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