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それは確執と固執

 私の父が亡くなってから、母と弟らはとにかく捨てることや片付けに躍起になっている。それによって、気持ちが滅入らずに済んでいると正当化しているが、私はそうではないと理解している。

 たった3か月で父の物品はあとかたもなく無くなっていった。まるで、存在を消し去りたいかのように速やかに処理していく様は、正直、どこぞの孤独死を迎えた人の後始末を彷彿とさせた。そう、どこぞの賃貸などで孤独死を迎え、賃貸を貸せなくて困ってる大家さんや不動産さんのようなそれと一緒。

 本人たちは「いつまでも偲んでいても滅入るだけ。」「物で溢れかえるよりは綺麗なところで住みたい。」「この家は夫と義母が考えて作った家だから愛着もない。」などということのようだが、個人的になんて薄情な人たちなのだろうとしか思えない。結局、なんだかんだ印象悪く文句言ってた割に、相当、親父におんぶにだっこと精神的にも依存してたのだろうなと伺える。何もかも親父のせいにしてやってたんだろうと思った瞬間だった。今はそれが私に向けられて私のせいにしている様子。私にとっては、理不尽極まりなく、たまったものではない。

 経済的には私も依存していたが、精神的には、高校時代に家庭内確執から家族総出で迫害されてから、家族全員に依存も頼ることもしていなかったため、家族を家族という法的な単位は認めるも、精神衛生の観念からは第三者視点でしか見ていない。おかげで、父が病気で苦しんでいる時も死んでからも込み上げるというものほどの情は湧かなかった。淡々と葬式もその後も捉えることができた。

 だからこそなのか、母と弟の捉え方がおかしいと、行き過ぎていると感じてしまうのかもしれない。しかし、彼らは私のほうをおかしいと宣ってる様子。早期処理するのは当たり前だと言うのだ。いやぁ、彼ら複数が同意見でマッチングしていれば、そっちが多数意見で強い印象はあるが、決して私がおかしいわけではなかろうに、なぜそこで、人格を否定するかのようにおかしいと言うことで自分たちの優越感を増したり正当性を掲げたりしようとするのか。だから、それこそ話合いが毎度のように混線しておかしくなるのではなかろうか。こういうやり方の連続で、正直、自分の両親絡みの家庭は機能不全だと容易に理解できる。(心療内科にかかった時も言われた。)家庭内では少数派になる、定型の私1人だけが一般的な解釈にも融通が利いて真っ当なため、この家族間で何かするにも本当にうまくいかなくなるのだ。そして、これは外の仕事に出ても、どうしても母や弟と似たタイプの人間と自然と対立させられる構図ができ、「とにかくお前が気に入らない」そういう処置をされるからたまったものじゃない。ハラスメントを横行しているか無意識にしてる人にターゲットにされることが多く、大迷惑をしている。じゃぁ、自分が世に出なければいいのだろうと自営一本に絞るも、これはこれで両親のジャマーが入る。家にいる時も仕事に打ち込んでいるのに、家にいる=暇な人だと解釈して、雑用を押し付けてくる。そうでなくても、家事に自分の子どもの面倒にいろいろある中、仕事もという環境で、猫の手も借りたい協力こそほしいものの、雑用をおしつけられてはどうにもというコロナ禍やその後数年。あっという間に今に至る。


 父の話から逸れたが、とにかく、私のことを彼は意識することなく亡くなった。多分、思い出されてもいないだろう。彼が死の前夜、高熱で浮かされてた時も、私のほうもその日はなぜか眩暈がひどく、とてもじゃないが布団から出られなかった。起きようものなら、船に乗ってるかのように、平行に歩けないほどだった。そんな状態では車も運転できない。それも彼の運を落としたひとつとは考えている。その7年前、彼は脳溢血で倒れるところだった。しかし、普段の身体の調子と様子を聞いて、病院を勧めたところ、脳溢血一歩手前ということで、点滴でなんとか大ごとにはならずに済んだ。この時には間質性肺炎になる傾向も陰も微塵もなかった。なので、私の考えでは、彼に深刻な打撃を与えた間質性肺炎は、その後、彼が自分で行った家の修繕作業が原因だと考えている。カビのせいだと母と弟は言ってるようなのだが(カビのせいにして片付けさせたいという思惑しか感じん。)、それを言ったら、私も4,5年かはカビが集まりやすい席・場所に年中所在していた。私のほうがより多く吸って、肺炎になりそうなものをなってないところをみると、カビが原因ではない。それよりも、家の壁の修繕作業で微粒子レベルの粉塵を舞わせていたものを、たっぷり吸ってしまったのだろうと考えている。防塵マスクはしていたようだが、見るからに身体に悪そうと思い、私もさすがにその時は近寄らないようにした。母は父に怒鳴られたくないからと、そばには寄らないし、私も父と居るとばつが悪いというのもあり同室はしなかった。換気していても駄目なレベルだとはなんとなく察した。個人でつまらない修繕作業をするよりも、リノベーションでも大規模リフォームでもすれば、きっと今も健全に住めたことだろう。今となっては怪しい。

 正直、父は私に言うことは何もなかったのだと解釈している。精神的に自立している私は、父と旅行をしても、私自身は全体を見通してよりよい方向になるよう言葉を選んで話しているのに、父とくれば、母や弟と同じで、自分自分のため、自分の見る視点しか考慮ができない。その周りの視点にとっても、うまくいくように伝えているつもりでも、彼1人からしたら、敵意や自分の味方じゃない、自分が蔑ろにされて見下された、そういう解釈に変換されてしまうようで、結局、癇癪を起こして怒鳴られて終わり。そういうことの連続だった。あげくは、私はやっと親父とも腹を割って話せると思ったのに、彼は同じ過ちで、私を拒絶し、家の中で強制的に食卓を別にさせられた。非常に残念だった分岐だったと思う。なぜ、弟の意見や愚痴や自慢はにこやかに聞けるのに、私が家族間で傷つくことがないようにと配慮することを否定されなければならないのか。それが仕事には十分役に立ったのに。それを示そうとしただけなのに。しかし、これも結局は母の手口と今は考えている。私は母の味方になったつもりはなかったが、彼女を傷つけることを言い続ける親父は異様であった。1人の大人として意見を言いたかった。それを言ったら、拒絶されたわけなので、私も言葉選びを間違えたのだろう。(後に聞くも周囲の我が子も母も私がおかしなことは言ってなかったとは言うが、私をフォローするのも彼にとっては排他されたようで癇に障ったのだろう。稚拙で嫉妬深い考えの人ということだろう。)散々、私を家庭内で孤独に追いやっておいて、まだそれをするのかと愕然とした。だから、次に何かあっても、救うことはないだろうとは思った。不運が重なったのだと思う。

 

 そして、葬式が終わり、四十九日も過ぎ、一切合切、父のものが無くなってしまうと、正直、母も弟も薄情としか思えなくなってきた。確かに彼のしてきた仕打ちを思えば、物品をみることで思い出されて嫌な気持ちになることのほうが多いのだろう。そうなるとPTSDに蓋をするのも難しいのかもしれない。だからといって、本当にあまりにあっという間に無くされてしまった。彼は一切、私を思うこともなく亡くなったのに、せめて、少しは私をよく思うことがあったのだろうかと偲びたくもあったのに、まぁ、よく思うこともなかったのだろうなと思うが、それを彼らが彼らの一存だけで奪っていいのかとはなろう。少なくとも、彼と同じ趣味であるコレクター魂は、私が個人的に父の思惑は他所に、対話ができる物になったと思う(彼が撮りためたDVDに彼の思いを馳せ、自分はそうじゃないそこは同じだと対話ができたはずだ。それをしてからでも捨てることはできたろう)。一番、私を見下し憎んでいたのは、身内である両親と弟なんだろうなと、それはあの高校時代に確立させられてしまっていて、もうそれが私がどんなに頑張ろうとも、覆されることもなく真っ当に話をすることもなく、思い出話をできない関係性にまでなってしまったのだなと、今やっと納得できた気がする。なんで憎まれるのかはわからないが、私のほうが身体的・精神的に傷つけられ、突き放されて家庭内で1人で闘ってきたことばかりのため、長子ということで当たりはまず私にくることや確執による弟びいきも横行し、常に住みづらく安心できない鬱憤は弟よりも多いのに、あんまりではなかろうか。私もよりよい関係を築こうなんて甘いお花畑な考えで、夢物語なのだと納得するところまできたのだろうと、父の死によって露わにされ身構える昨今。

危機的で、安堵することなく、休まらない……
母と弟に脅威さえ感じている。
精神的圧に不眠も続く。もう、私、ずっと3時間睡眠。
自死目指してるのかな。
「片付け片付け」って、もっとひどい家庭もあるのに、ミニマリストのが過剰過ぎるだけであって、健常&平凡な域を程よく生きてる私に、上から目線や指図してこないでほしい。私もいろいろな人とやりとりする中で、最善を選んで生きてきてる身。それを、母も弟も私の成りなど一切興味なく無関心で何も知ろうともしないくせに、爆弾テロみたいなことは平気で横行し癇癪起こす。
自身の不安を自覚せず、他者のせいにして、私と私一家の生存率下げようとしてきてて、醜悪過ぎる。
どこが彼らが、私一家を心配してるというのか。
彼らだけが幸せになるのに必死で、それを脅かされそうで心配という意味の「心配」と排他的意思を暴露していて、結局、彼ら自身が幸せになるために誰かを陥れて平常心を保とうとするためにその役割を欲すといったところか。
一大人なら、放棄した時点で関与もしないものではないか。お任せするのが一大人ではないのか。相手を信用ならない、お任せできないとするのは、相手を懐柔し操作しようとしてる表れ。それは母がやってるのか?弟のほうなのか?
どこかしら、常に誰かに依存してる彼らは私の目の上のたん瘤だ。巻き込まれてしまったので、しっかり線引きしていきたいと思う。


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