【読む映画】『彷徨のゆくえ』
服従の強要に挟撃されるジレンマ
《初出:『週刊金曜日』2016年9月9日号(1103号)、境分万純名義》
1984年、インディラ・ガンディ首相が暗殺された。ボディガードのシク教徒による犯行で、「ブルースター作戦」(Operation Blue Star)に対する報復だった。
ブルースター作戦とは、インド北西部パンジャブ州アムリッツァーにあるシク教総本山・黄金寺院(ハリマンディル・サーヒブ)に立てこもった分離過激派を、国軍が掃討した軍事行動である(こんにちの黄金寺院の概要をつかめるドキュメンタリー映画として『聖者たちの食卓』〈2011、ベルギー〉が記憶に新しい)。
暗殺直後の4日間、首都デリーほか各地で「報復に対する報復」、多数派ヒンドゥ教徒による少数派シク教徒への暴行・略奪・虐殺事件が多発した。
被害者の証言記録などによると、与党政治家の関与のもと組織的に行なわれ、警察当局は「黙認」ないし「扇動」した疑いが濃厚である。
全容が解明されないまま時代は下り、同じ襲撃の図式がムスリムに対するグジャラート大虐殺(2002年)でもくり返された。
自らもシク教徒である本作の監督は、暗殺事件前後のパンジャブ州を舞台に、シク教徒のジレンマを描きだす。
主役は、鄙びた村で家族と暮らす平凡な農民のジョギンダルである。
ジョギンダルは、「シク教徒なら我らの組織に従え」と強要する分離過激派集団と、過激派撲滅作戦として抜きうち家宅捜索に来る国軍の双方に悩まされている。
その心境を暗喩するのが愛犬トミーだ。トミーは軍であれ過激派であれ、武力をもって服従と沈黙を強いる相手に吠えかかって倦まない。そのためジョギンダルは、双方からトミーを殺すよう迫られるのだが……。
ジョギンダル一家の状況は、紛争地域で暮らすふつうの人びとのそれだ。
私はまずカシミールを連想したが、国軍とイスラーム国に挟撃されるシリアなど、類例はほかにも浮かぶ。
本作が、地味な体裁でありながら各国で高い評価を受けている理由は、その普遍性にある。