オーケストラピアニストのお仕事
昭和の昔、田舎ではなかなかオーケストラの公演など無く、
オーケストラといえばテレビかレコード。
クラッシック好きの父の影響を受け、オーケストラはよく聞いていた。
合唱や合奏が好きな私は、オーケストラは楽しそうで良いなぁと羨ましく思っていた。
〜オケ中鍵盤奏者の仕事〜
オーケストラの打楽器群の中にピアノやチェレスタがあるのを知ったのは
夫の所属するオーケストラのコンサートを見に行くようになってからだ。
そのオーケストラも創設の頃は小編成だったが、段々大きくなり、大きな楽曲も演奏するようになってきた。
客席から左の方を見るとピアノやチェレスタ。正面を見るとパイプオルガンがある。
クリスマスの頃になるとそれらが総動員されてとても華やかなコンサートが繰り広げられる。
〜オケ中ピアニストデビュー〜
ある時、生徒さんのご両親が所属するアマチュアオーケストラから、オケ中をやって欲しいという依頼が来た。
オケ中ピアノの役割の何たるかを知らず、あれか!と、軽い気持ちで引き受けた。
しかし、楽譜を見て凄く焦った。
曲はストラビンスキーの『火の鳥』。
まず、私はそもそも現代曲をさほど弾いていない。
どうやって弾くのかわからない奏法がある。
これ、どんな速さなんだろう。
CDを聴いて泣けてきた。
難しすぎる。
弾けるようになるんだろうか…
寝る間も惜しんで譜読みした。
初合わせ。何とか上手くいった。
本番は凄く楽しかった。
この世界、できなくてもできるふうな顔をしてるもんだ。
という、変なハッタリをかますことを覚えてしまった。
それによって皆んなが安心してくれるから。
しかし、同時に難しい仕事も来るようになった。
ピアノ付きの曲の場合、ピアノがリズムの核になることが多いので、
テンポ感、リズム感、そしてテクニックはもちろん、プラスこの人がいれば大丈夫という安心感が必要なのだ。
結果からいうと、私はその安心感を与えられるまではいけなかった。と思う。
けれど、「指揮者を見れるピアニスト」※1
という人がなかなか少なくて、
その後も、プロオケで採用してもらえた。
〜現場の思い出〜
ピアノやチェレスタが入るものは、バレエやオペラ、ジルベスターやニューイヤーやテレビの番組に因んだものとか、映画やディズニーものとか華やかなものが多く、
演出家やカメラさん、照明さんはもちろん、テレビでよく見るアナウンサーや宝塚の女優さんたちとか噺家さんとか、そう言った方々の舞台裏のお顔も拝見する事ができた。
何しろピアノは下手側にあるので
皆さんの出る瞬間の姿を見ることができる。
ある時、宝塚の元大女優さんが早着替えが必要な場面があって、
控え室までは遠い、スタッフは慌てていた。すると、
「ええよ、そこの陰で着替えるし。私ら慣れてるから」
と、あっという間に着替えてしまった。
プロって凄い!って思った。
凄いプロほどスタッフに丁寧だった。
下手に入ったらさっさと靴を脱いで足を椅子に上げて浮腫まないようにしてる女優さん、
舞台と舞台裏とは全く別人のようなお顔の噺家さん。
テレビでは見れないような場面をたくさん見せて頂いた。
〜シビアな現場〜
でもオケ中ピアノのエキストラはとてもシビアな立ち位置で(これはピアニストによってというか、ステマネのお気に入りか否かで違うかもしれない)、
戸惑う場面も多くあった。
舞台の上の仕事は照明が当たっているから譜面も見やすいが、
オペラやバレエのような暗いピット※2の仕事は年齢が増すにつれ、厳しくなってきた。
オーケストラは指揮者を見てそのテンポに合わせて弾くものだ。
特にピットでは演奏家は演者に背を向けてるわけなので、頼れるのは指揮者だけ。
その指揮者が見えにくい状況は恐ろしすぎた。
あるバレエ公演で、そのオーケストラのステージマネージャーの配置が今ひとつで、指揮者が見えにくい場所にピアノを置かれて、とても困ったことがあった。
でもその時のバレエ団は、かの新国立劇場バレエ団。その様子を舞台上から見ていたバレエ団のステマネさんが、モニターを付ければ問題ないよ!とすぐに付けてくださった。
驚いた。まさに鶴の一声。
お陰で安心して弾くことができた。
後で聞くと、バレエ団の方々は普段ピアノを聴いて練習しているから、自然にピアノの音をキャッチするのだとか。
公演を成功させるためには、細部にまで注意を払って当たり前と。
モニターのお陰で成功したわけだが、同時に譜面灯だけではもう見えなくなってきたという焦りもあった。
指揮者もぼんやりした灯りの中。
若い時にはなんてことなかったことが。
老眼が早くきたので仕方ないことはわかっていたけど。
翌年、同じ時期に同じ演目でピットの仕事が来た。
その時、ステマネはニヤッと笑って、今年はモニター無しやからね。と小声で言った。
そりゃそうでしょ。
あれは特別なことでした。
次に仕事の依頼が来た時、舞台上の仕事だけくださいとはエキストラの分際では言えないし、
これ以上続けて迷惑かけたら大変だと思い、オケ中ピアニストの仕事は辞めました。
辞めると同時に疫病が流行し始めたのでした。
※1
「指揮者を見れるピアニスト」
ピアノは触れたらすぐに音が出ます。
なので指揮を見て、同時に出すとフライングになります。
かといってわざと遅く出ると皆の迷惑になります。
ピアニストはその辺りの兼ね合いに慣れていなければなりません。
私は学生時代、夫の指揮伴をやっていたので、きっと見れたのかも…?しれません。
※2
「オーケストラピット」
ステージの手前、座席を10列くらい外すと溝ができますが、その溝にオーケストラが全て入ります。
ピットの深さは2メートルほどで、休憩時間になると様々な人たちが見にやってきて、さながら動物園の動物の気持ちになります。
♫♫♫
ヘッダーの写真はある日のお仕事。
ピアノチェレスタを持ち替えて(かわるがわる)弾くこともあります。
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