【短編小説】摩擦
2時間そうだいたい2時間ほど眠るたび、陰嚢の痒みで目が覚めていた。
どこまでも青い空が拡がり続けるこの世界のど真ん中で私は、陰嚢のかゆみ以上の空腹に泣き、腹を両掌で温めてなんとかこの痛みにも似た想いを誤魔化そうと画策したのだが無理。だめだった。腹が減ったしかし立ちたくない。立ち上がりたくない。グダグダと怠けていたい。寒い。床から寒さが上がるしんしんんと。
陰嚢は痒く、空腹も辛い。寒い。人生とは連続する苦痛の中、いつでもいつまでもそれに耐えながらただただ生きることなのだ、ああ痒いああひもじい。
そう、両掌で腹を温めていたらその温もりはまた陰嚢に伝播し更に痒みが増したので私は、腹を温めながらどっこらしょと声を出しそして、うつ伏せになるのだがうつ伏せになるにも両掌は腹から動かすことができずまずは左肘、これを柔らかな敷布団に突いて「うう」と唸りながら横ざまに上半身を起こしそのまま倒れ込むことでひっくり返りその勢いを借りて一気に下半身まで反転させることになる、この時陰嚢の痒みが耐えられぬ程度に強くなったことから自ずと腰を丸めることになり、顔面胴体は突っ伏しながら腰から下は丸まって内腿で陰嚢を擦り痒みを低減させるようにもぞもぞするといった、出来損ないの芋虫的姿勢しかしそれだと鼻口が敷布団に塞がれて呼吸もできずに死ぬという危機感、これもまた強い感情なのでうっぷうっぷと声を漏らし相変わらず両掌は腹、内腿で陰嚢を擦る関係上尻を突き出すような形の下半身、更にやっとこさ顎で支えて持ち上げた顔面は真っ正面を向いている、そんな形。そんな形。
いや、そんな形。
そんな形から動けなくなってしまった。
私は諦めればいいのか、空腹を不感にするための両掌による温熱療法を。
私は諦めればいいのか、内腿に擦り付けることで陰嚢の痒みを低減する行為を。
私は諦めればいいのか、呼吸を。
まず諦めたのは呼吸。
無理に顎で持ち上げていた顔面を、顎に猛烈な摩擦を感じながらそれでも気合で敷布団に埋めた。
こうして呼吸ができなくなった。
やや苦しい。
いや苦しい。
あ、苦しい。
脳が痺れる。
なんか空腹を感じなくなった私は瞬時ウキウキしたのだがやがてその悦びも白く靄がかかったようになり、なんとも不思議な感覚に変化する。
なんとなく耳がチリチリし、なんとなく肩甲骨が痙攣するのを痺れに近い感覚としてなんとなくやり過ごす。
消えない陰嚢の痒みは呼吸を諦めても私の意識を活発に刺激する。
やがて全身が飛び跳ねるように痙攣し、敷布団に押し付けられた上半身が麻痺してついに動かなくなったその時でさえ陰嚢を中心とした下半身は跳ね回りその衝撃で内腿は陰嚢を擦る。
うつ伏せのまま飛び跳ねる下半身の不自然な動きに耐えられずやがて、背骨脊椎は砕け上半身同様に敷布団に落ちるしかし、陰嚢の痒みは消えることなくいやむしろ、その他が麻痺した分更に鋭敏になり、私は、だらりとして擦ることができなくなった内腿の代理として敷布団を選択したのだが敷布団というのは内腿に比してのっぺりと平坦なのでどうしても陰嚢だけでなく陰茎もまた擦る事になってしまう。
ええい、私はかまわず諸共に擦って擦って擦りまくった。
陰嚢の薄い皮膚が裂けぬらぬらとした感触がペニスを包む。
同時に私は射精して快楽と興奮の中、幸せにその時を迎える。
素っ裸で眠る人。
素っ裸でうつ伏せに眠る人。
そういう人がこの世界では大多数を占めるということを私はよく知っているのだが、そういう人たちと私の圧倒的な違いは。
敷布団が真っ赤に濡れるほど大量に出血していることだけだ。
陰嚢からね。
それに彼らは眠っているのだが私は死んだのだ快楽に溺れ喜悦の絶頂で。
もちろんもう、痒くないよ。
(了)