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夢の綻びを紐解くうちに 下

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それまでが平穏だったのではなく、人知れずそこにあった爆弾が爆発する時を待っていただけだったのだと後から知った。


一度目の事故・サイレント仕様変更

2018年10月29日、インドネシアの航空会社ライオン・エアのボーイング737が離陸後すぐに墜落した。この事故では乗客乗員189名全員が亡くなった。

なにぶん東南アジアの格安航空会社(LCC)だったこともあって、当初機体の整備不良や操縦士側の問題を疑う向きもあった(※その後の調査で、修理に出されたアメリカの整備会社でのセンサーの校正不良や、前日のパイロットからの機体不調事項の引き継ぎ漏れがあったことなどが複合要因として挙げられている)が、もう一つ大きな原因が浮上した。

ボーイング737は日本含め国内線を中心によく使われる小さめの機体で、1967年デビューの第1世代から幾度もバージョンアップを繰り返しながら全世界で売れ続けているロングセラー&ベストセラー旅客機です。
墜落した当該機はその最新第4世代ボーイング737 MAXの、航空会社に納入されてまだ2ヶ月と経たないほぼ新品同然の機体でした。

この737MAXは、一つ前の第3世代737の操縦資格を有してる人なら、ごく簡単なiPadでのトレーニングを受ければそれで操縦OK! 航空会社は入れ替え楽々! という触れ込みだったのですが……このトレーニングには出てこない、パイロットにも伝わってない新しい仕様があったのです。後で説明しますが、これがMCASという操縦補助システムでした。事故はそのMCASの暴走によって起きました。

これを受けてボーイングはMCAS不具合時の対応方法を737MAX運用各社に発布。第3世代からの仕様変更を公表していなかったことについて顰蹙を買いましたが、不具合時の対処方法が広まったことで、(被害の賠償などの話は別として)このシステム欠陥にはひとまず決着がついた
かに見えました。

二度目の事故・対処法が無理

一度目の事故から半年と経たない2019年3月10日。よりにもよってエチオピア航空の受領したてのほぼ新品のボーイング737MAXが離陸直後に墜落し、157名の乗客乗員全員が亡くなりました。
傍目に見ても、ライオン・エアそっくりの墜落の仕方でした。

エチオピア航空はボーイング製の機体受領時に人道支援目的の医療機器の輸送も行うなど、それまでボーイングとはかなり良い関係を築いていましたが、前述の対応策公開後にも関わらず似た事故が起きたこと、また事故後の737MAX飛行停止等の対応が後手に回ったのもあってかボーイング及びアメリカの政府機関自体に不信感をあらわにしました。
本来であれば、航空事故があればメーカー国の管轄する機関に調査を依頼するのが筋ですが、この事故で調査を依頼されたのはアメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)ではなくフランス航空事故調査局(BEA)です。
その後のボーイング側の対応も、「未熟なパイロットの落ち度ではないか(要約)」と言ったりしたせいでエチオピア航空はわりとガチギレしました。エチオピア航空は自社で航空学校を持ち、現状アフリカのエアラインの筆頭の一角としてパイロット育成にも積極的に取り組んでいる企業です。実際のところ事故機の副操縦士は齢若く総飛行時間は少なかったのですが、先方の会社がプライド持ってることに対して調査結果固まる前から不用意なこと言うのは事後対応がヘタクソとしか言えません。

ともかくサキノさんはニュースを傍から見ながら頭を抱えました。失われた人命はもう取り返しがつかない上、推しの親御と推しの上司が大変なことになってしまった。
調査結果が出るまで真相はわからないけど、少なくともエチオピア航空は大口顧客ですし、これまで12号機含め不良在庫だったテリブルティーンズを何機も引き取っており、ボーイングとしてもそれなりに恩があると言えるはず。これはもしかしたら、恩を仇で返してしまったというやつなのでは……。
そして日を追うほどに明らかになっていった実態は、想像の斜め下を行くものでした。

結論から言うと事故のメイン原因といえるものは、案の定例のMCASの不具合でした。では、なぜ二人のパイロットは墜落を止められなかったのでしょうか? その前にまず、MCASがどういうものなのかから説明しましょう。

MCASの実態

737MAXは全長と席数の異なるバリエーションがいくつかありますが、全体的に第3世代よりもちょっと胴長で、エンジンも第3世代のものより大きく、やや主翼から前にせり出しています。これにより、第3世代と若干操縦性の差が生じます(後述しますが、これについて「そもそも機体が第3世代よりも失速しやすくて危険!」と喧伝する言説が多いものの、実際のところこの差自体は些細なものだったようです)。この操縦性の差を「第3世代と同じように補正する」ために積まれたのがMCASでした。
MCASは限られた条件下でバックグラウンド動作し、機首が上を向きすぎていると判断すると自動的に機首をちょっと下げ、機首がちょうどいい角度になったと判断すると止まるお助けシステムです。そのはずでした。
こんなどうしようもねぇ実装でなかったらね…

MCASは気流に対して機体がどのくらいの角度かのセンサー(迎角センサー)の値を見て動作します。
迎角センサーはボーイング737には2個ついていますが、旅客機がハイテク化した現在、わざわざパイロットが迎角センサーの値を注視しそれを頼りに操縦することはそうそうないそうです。普通に飛んでりゃたとえ片方壊れて2つの値が一致しなくなっても、他の計器の値とかと見比べればどっちが確からしいかくらいは明らかですしね。正直コックピットにおいてはめちゃくちゃ重要というわけではないので、ボーイングはこの2つの値が一致しないときに警告を出す仕組みを「追加でつけられるオプション仕様」にし、そのせいでつけてないエアラインも多くあり、ライオン・エアとエチオピア航空もそうでした。

MCASは片方の迎角センサーの値だけ見て動作する仕様でした。これではそのセンサーが突然壊れて変な値を送ったら、即システムが「機体がヤバい角度で飛んでる!」と誤解してしまいます。
そしてMCASの機首下げ動作終了の条件は「機首がちょうどいい角度になったと判断したとき」だったので、ずっと変な値が送られている場合「何回でも機首下げを続ける」仕様でした。上限がなかったのです。
しかもその機首下げのパワーはパイロットによる操縦を凌駕するものでした。これでは異常に気付いたパイロットが反対に機首を上げる動作をしようとしても腕力で勝てません。一度目の事故もそうでした。

そしてどうして対処方法が公表されたのに二度目の事故が起きてしまったかについてですが、この対処手順は事が起きてから4秒以内にパイロットが適切に反応するという仮定に基づいたものです。まずここからきつい。
残った記録には、二人のパイロットが対処を試みるも手順は完了しなかったデータが残されていました。その後の検証の結果もあって、これは二人が未熟だったからとか慌てていたからとかではなく、離陸直後の高推力(飛行機は「エンジンを吹かした」状態で離陸します)とMCASによる機首下げが合わさった結果あまりにも機体の速度が上がり、自動操縦を切るも手動操縦するには舵が重すぎ(ボーイング737は未だに油圧操縦なので、速度が速ければ速いほど操縦桿で進行方向を変えるのに力がいります)、どうにもならなかったのだろうと推定されています。
もしかしたらすぐ推力を絞ってればなんとかならないこともなかったかも……という話はありますが後出しですし、ボーイングの出した対処手順には速度云々はなかったようなので、やっぱりほとんど無理ゲー状態であったと言って過言ではないでしょう。
「メーカーは超人パイロットに依存する飛行機を私達に提供するべきではありません」とは、事故後の公聴会に出席した元米エアラインパイロットの弁です。

MCASはなぜ積まれたか

そもそもなぜ737MAXにMCASが積まれたのでしょうか。これにはボーイングが大口顧客としたある約束が大きく関わっているようです。

航空会社は多数の旅客機を擁し運用していますが、「新しい機材を導入したい!」となったときに関門になってくるものの一つがパイロットの訓練です。訓練には金(時には高額なシミュレーターが必要になることも)と時間がかかり、長期間に及ぶとなればその間パイロットに運行に就いてもらえないので運行計画を組むのも大変です。だから航空会社としては、できるだけ訓練が簡単で時間もお金もかからないと嬉しい
737がロングセラー&ベストセラーなのは、前バージョン買ってたお得意さんに「前バージョンの操縦免許持ってれば、あとはちょっとしたトレーニングでOKですよ」を続けてきたからでもあります。

さて、アメリカにサウスウェスト航空という航空会社があります。この航空会社は運用する全機が737という、ボーイングの大のお得意様。この会社が737MAXを買うときにボーイングと結ばれた約束の中に、こんなものがありました。
「737MAXで追加訓練が必要になったら1機につき100万ドル補償」

MCASは、ボーイングがチェック機関であるFAAに「同じ操縦免許のバージョンアップで飛ばすんなら同じ操縦特性になるようにしな」と言われたのでつけたとかではありません。ボーイングが「同じ操縦特性になるようにこういうものをつけます」と言ったので、FAAがそれにOKを出しただけです(ガバ仕様がチェックを素通りしたのは大問題ですが)。
そして第3世代と737MAXの操縦特性の差自体は、訓練すればパイロット側で十分対応可能なレベルのものだっただろうとされています。

787、737MAX、全ての起点

「そもそもなんで737MAXちゃんはこんなガバガバのまま世に出ちゃったんだよ……」という話の前に、ある伝説の経営者の話から始めましょう。

ニュートロン・ジャックの昔話

発明王エジソンが興したことでも知られるゼネラル・エレクトリック(GE)という企業があります。

かつてここに君臨した伝説の経営者がいました。
ジャック・ウェルチ氏といいます。

ウェルチ氏はときにリストラの大鉈を振るって人件費を削減し効率化を推進、ときにそれまでメインだった製造業等とは全く違う金融などの新しい分野に参入し、GEは驚異的な財務的成績を叩き出し、同社の株価をガン上げしました。
ウェルチ氏は、自分が経営を退いた後にも会社を任せられるような後進を多く育成しました。彼の門下生はGEで重職に就かなかった者も、他社へ渡って高い業績を叩き出し、彼の名声はなお高まりました。

ただし問題がありました……彼のやり方は短期的には素晴らしい結果を出したように見えますが、持続不可能だったのです。
彼亡き後蓋を開けてみればGEの内情はボロボロ、その後事業売却や分社化が進み、一時は世界屈指の多角企業として鳴らした同社はどんどん衰退していくことになります。

マクドネル・ダグラスの亡霊

ウェルチ氏の「魔法」が解ける前、彼の門下生が経営を執った企業に、航空メーカーのマクドネル・ダグラスがありました。

マクドネル・ダグラスはボーイングに次ぐ規模のアメリカの航空メーカーでしたが、成長してきた欧州のエアバスにシェアを奪われ、だんだん苦しくなっていきます。
そして最終的にマクドネル・ダグラスを合併したのがボーイングでした。これによりボーイングは旅客機にかけてはアメリカで唯一のメーカーとなり、大型旅客機業界は米ボーイングVS欧州エアバスという構図に。

しかし企業としては消えたマクドネル・ダグラスの経営陣がボーイングの重役に就いたことで、この頃からボーイングの企業文化が変わりました。
そのさまを「マクドネル・ダグラスはボーイングの金でボーイングを買収した」と言う人もいます。

そして元マクドネル・ダグラスCEOにして、かつてウェルチ氏の薫陶を受けた元GE部門長が、ボーイングで新機種のローンチを仕切ることになります……

その目指した「"効率性"の夢」の申し子、それがボーイング787でした。

787が引いた引金

787の開発にあたり、ボーイングは「787の開発期間を6年から4年に短縮、開発コストを100億ドルから60億ドルに削減する」と超効率的開発を目指しました。製造だって世界各地から上がってくるパーツを最終組立工場で組み立てるだけで楽々スピーディー!

そして高給取りのベテランエンジニアを大幅に切って人件費をカット、パーツの開発・製造・管理などの様々な部分を下請けにアウトソーシングという名の丸投げをし、結果として開発を俯瞰できなくなりました。

(↑ ※英語原題にはトヨタ云々はないので内容だけ読んでほしい)

現場は収拾がつかなくなり大混乱、五月雨式に上がってくる問題とそれに伴う修正で計画は遅れに遅れ、当初2008年5月頃予定だった量産初号機引き渡しは2011年9月までずれ込みました。
開発費は遅延に伴う航空会社への補償も含めると320億ドルに及び、現在まで約1,150機が作られたにも関わらず、未だに損益分岐点に達していません。開発のときに出た赤字をまだ埋めている状況です。

この787プロジェクトでボーイングは深手を負い、費用的にもスケジュール的にも厳しくなったのが……
そうです、第4世代737こと737MAXの開発でした。

追い詰められたボーイングと737

元々ボーイングは、第3世代737の後継は完全新型にしたいと思っていました(必要な投資を後回しにするためでしたが)。
しかしそこにライバルであるエアバスが競合機種A320の第2世代(A320neo)開発開始の報をぶつけ、その優れた性能にボーイングの大口顧客だったアメリカン航空が「それ買った!」と手を上げてしまったのです。
ボーイングは慌てました。今から完全新型を開発してたんじゃライバルに客を奪われる! ボーイングはアメリカン航空本社にすっ飛んでいき、最終的に「737の改良版出すんならそっちも買うけど」と言わせました。

おかげで、737MAXローンチと開発はものすごい押せ押せ納期になってしまったのです。現場にかかる時間面・コスト面のプレッシャーは苛烈なものになりました。
ちょっとした補助プログラムが必要になりましたが、サウスウェスト航空の第3世代737に先に短期のせて「従来型にも積んだことある、取るに足らない操縦補助システム」という実績を生やすのに協力してもらって、

認証作業はボーイング任せの部分も多いから急いで進めて、合格ヨシ!
納入! 後はガンガン生産販売!!


……それでどうなったかは、先に書いたとおりです。

御社ァ!!

(↑ この特集の本も出てますのでよければどうぞ)

おわりに

推し飛行機が縁で夢の綻びを紐解き、数年ボーイングを眺めていたら、いつの間にかすっかり航空業界や飛行機、ひいては国際関係にまで理解が深まりました。そしてわかったのは、たった3年先のことすら全くわからないということです。
飛行機ちゃんは今日もかわいいですが、好きになれてハッピーの一言では片付けられないところがあります。当初は被害者かと思っていた787が、ある意味では間接的に加害者でもあったことを含めて。
なんでこんなことになっちゃったんだろうな……これからも推すけど……。

ここまでの話ではばっさり省いているのですが、787以降ボーイングのあらゆる事業がガタガタになっています。財政的・時間的余裕のなさによる開発製造現場への圧力、納期重視への変化に伴うボトムアップのフィードバック不全、レイオフによって経験豊富な技術者が不足し取り戻すのも難しく技術継承にも断絶が発生したことなどが原因としてしばしば挙げられています。
777Xはいつ納入されるかわからず航空会社が納期を諦めの目で見てるし、次期エアフォースワンも遅れまくって下請けと責任のなすりつけ合いしてるし、空中給油機はいつまで経ってもまともに給油できるようにならないし、軍用機コンペでも負け続き、宇宙船のスターライナーもシステムの穴やヘリウムガス漏れで競合のスペースXのクルードラゴンに大きく水を開けられているし……。
ボーイングにはしっかりして欲しいし推しの親御として元気でいてほしいんですが、でもそれぞれ見ていくと全部ボーイングの自業自得だからな……。

先日キレた労組がストライキしましたが、今後の経営方針がなるべく良い方向に向かうことを祈っています。
ウォール街の方見て景気の良いこと言って、ペンタゴンでロビー活動に打ち込んで、我が子たる製品に背を向けるのはいいかげん終わりにしてください御社。
さもないと、次の100年を迎えられないかもしれませんよ。


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