【 ミッドナイトスワン りんを想う 】
それは、土曜日であったか、日曜日であったか。リビングに行くと、我が親父が映画を見ている。
すぐにわかった。ミッドナイトスワンだ。
ロングヘアーのウィッグをつけていようと、草薙剛氏の顔にはやはり特徴があるし、幼い頃から何度もお茶の間を賑わせてくれた、慣れ親しんだ顔。
女性用ウィッグをつけた草薙氏の作品は、以前知人に興奮気味に予告編を見せられていたので、すぐにピンと来た。これが噂のミッドナイトスワンか、と。
そういえば、気になっていたけどまだ見ていなかった。
友人はみな絶賛している。
これは神的な存在が、きっと、「見ろ」と言っているに違いない。
親父と共に、途中からではあったが私はそれを見始めた。みるみる、まんまと引き込まれる。
登場人物、みな実在するかのよう。
本当にそこにいて、必死に今を生きている様な静かな臨場感。
草薙氏の演じる凪沙と、多感な思春期に家族との不和で凪沙と暮らす様になった、一果の関わり。
潮の満ち引きかの様な、凪沙の"女"の揺らぎ。
世間や親族の、冷たい視線や罵詈雑言。
多くを語らずとも、きっと愛を踏み躙られ堕ちてしまったであろうことを察せさせる、元同僚の変わり様。
見どころは本当に様々。書ききれないのだが。
私は、一果の友人・りんに痺れたので、彼女に特化した局所的なポエムまがいな感想を書く。
書く、というより、ぶっちゃけ転記・再編集だ。
見終わってすぐ、衝動的に書き殴った。それをInstagramのストーリーにもTwitterにも投稿している。
ダイレクトなネタバレはしていないものの、察しのいい人は展開がわかるので、ネタバレが嫌な未見さんはお控えくださいませ。
また、ポエムまがいな感想の手前に、りんちゃんという一果の友人の事にも触れたあらすじを書いておきます。
ネタバレ問題ない未見さんは、そのあらすじを見てからの方がわかりやすいかもです。
公式あらすじの方がわかりやすいのですが、りんの事には触れていないので、無理くり自力で書きますね。
【 あらすじ 〜ミッドナイトスワン〜 】
トランスジェンダーの凪沙は、新宿のニューハーフショークラブで働く一人暮らし。
ある日、凪沙は親戚の少女・一果を預かることになる。育児放棄にあっていた一果が待ち合わせ場所に現れ、「好きで預かるわけじゃない」と突き放す様に言い放つ凪沙。
一果もまた、叔父だと思っていた凪沙の、女性の姿に戸惑いを隠せない。彼女の予想は初っ端から裏切られて、2人の生活が始まった。
一果が学校で問題を起こす事もあったが、日常は続いていく。そんな日々で、ある時一果はバレエに出会い、熱中し始める。
共に暮らす凪沙だけでなく、学校の同級生であり同じバレエ教室の生徒でもあるりんや、バレエ教室の先生との交流なども経て、一果の日常・心には変化が見え始める。
そんな折、一果はバレエの大会に初めて出場する事になる。
一果よりもずっと長くバレエと共に生きてきたりんが、奇しくも脚の故障でバレエを断念した後日のことだ。
大会当日、一果はりんに電話で励まされつつも、大きな不安と緊張を抱え、舞台に立つ。
しかし、一果は自分の出番となり曲がかかっても、涙をひとすじ流し立ち尽くすだけで、身体は一向に動かない。
ーーーーーりん。
そう呟く一果の目線の先。
そこには、会場にいるはずのないりんが座っている。
兄の結婚お披露目パーティーにいるはずのりんが、ただただ、一果に静かで優しい微笑みを向ける。
今まさにパーティー会場で身に纏っているはずのパーティードレスではなく、それは、一果の良く見慣れた、制服姿であった。
【 りんとバレエと一果 】
りんは、家族の付属物なんかでなく。
本当の自由になって、
白鳥になって、
まっさらなりんになって、
きっと、一果のバレエを見に来た。
一果もきっと、五感・第六感で感じ取り、涙した。
兄のウェディングパーティで踊り始めたりん。
初めはそんなつもりはなくて、
ただ、踊り始めて、気持ちよくて、サイコーで。
例え注目が新郎新婦に移ったとしても、
もうりんには、きっとどうでも良くなっていた。
パーティはもうとっくに、りんの舞台になっていた。
今までの人生なら、兄への劣等感や嫉妬、
はたまた両親への諦観・不満・哀しみから
「もっと私を見て!」
と、悲しくてつらくて憎らしくてやるせなくて。
それらを原動力にして踊り狂ったかもしれない。
でももう、りんには、兄だとか兄嫁だとか、父や母でさえも、
どうでも良かったんだな。
自分の世界に没頭して。
没頭しつつも、一果の事も少なからず想いつつ、
彼女は地上から飛び立った。
なぜなら、りんにとってのバレエという"概念"の中に
一果が存在するから。
バレエが全てで、
バレエを愛しているから、一果も愛おしい。
一果を愛しているから、バレエも愛おしい。
一つと一人を、切り離すことは難しかった。
りんのアイデンティティを形成したバレエ。
辛い時も悲しい時も寂しい時も。
楽しい時も嬉しい時も幸せな時も。
バレエがそばにあった。
そばにあるというより、日常そのものだった。
バレエを極められなくなった、
匠の脚を取り上げられた一羽の白鳥は、
晴れ晴れしく思いのまま舞い、
もう二度と、地上に降り立つことはない。