包丁
小学校低学年、幼い頃の最初のハッキリとしたトラウマだったと思う。
アルコール、喧嘩、大声、怒鳴り声
時間が経つと無くなるだろう、といつものように見て見ぬふりをしていると
いつもとは違う不穏な空気が流れる。男は立ち上がりキッチンに向かい、その場にあった包丁を手に取った。
普段の優しい顔から一変した鬼の形相で、両手で包丁をギュッと掴み母とこちらに向けている。
よくある安いセリフ
「お前を殺して私も死ぬ」
幼い私は震えてその場から動けなくなった。
その場にいた兄のおかげで、最悪の事態にはならずに済んだのだけれども。
その現実を見て見ぬふりをした身内の大人にも失望した最初の出来事だった。
全ての包丁を隠すように母にお願いした。
しばらく震えて眠れない夜が続いた。
高校生になると、家族分ご飯を用意しないといけない環境になったので
自身が使用する分には無理矢理克服したものの、
大学生になってもフラッシュバックに苦しんだ。
幼い頃からずっと優しくて穏やかな顔しか知らなかった。中2の時に亡くなった時には自分の意思かは分からない涙を流しながらも少しホッとしてしまった自分がとても嫌だった。
あの時兄は「お前も殺すぞ」と言われながらも勇敢な行動をとっていた。
私はあの頃の兄と同じ年齢でも咄嗟に動けたのだろうか。
他人が包丁を持ち、冗談でもこちらに向けるのを見ると未だに身体が硬直する。
今現在は実際危ないものなので危機管理になって良いか、という考えにシフトできている。
ただ、後の人生を狂わせる
「男性を怒らせると殺される」
という偏った思考がこびり付いたのもこれがきっかけだった。