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Six Wood・・・⑤一つの区切り

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「痛(いて)っ!」大翔は傷がうずく左側の口元に手を当てた。昨日、綾乃に報復を受けて、できた傷だ。

あの雨の日、大翔は自分の心と向き合い仁実を慕っていることに気付いた。それが、きっかけとなって長い間閉ざしていた感情が解放されて、数日は感情の交通整理に自室に籠っていたが、それを過ぎると身体中の強張(こわば)りがとれて自由になったようにさえ感じた。

この数日の間に、このまま何もなかったかのように香穂子と付き合い続けていることは香穂子に対して不誠実だと思い、関係を終えることを伝えなければならないと、香穂子にLINEで「明日のゼミの後に少し会えないか?」と送信した。すると、香穂子から「いいよ!」と可愛いアイコン付きで返信をしてきた、いつもと変わらぬ調子の返信にLINEとはいえ、そのスクリーンの文字を眺めながら、これから話す内容を考えると胸が重くなるような感じがした。

LINEアイコン

ゼミの終了後、隣に座った香穂子が「大翔くん、久しぶりにCIRCLEに行かない?綾乃も会いたがっていたし」とくりっとした瞳を向けてニッコリと笑いながら話しかけてきた。その表情を見た大翔は、自分は最低な男なんじゃないかという気にさえなってくる。「ああ、いいよ」と返事をしながら二人歩き始めるが、今日は並んであることは無く大翔が先を歩いていく。

大翔は決めていた、CIRCLEに着くまでに話をしてしまうと。
香穂子は、今日の大翔の醸し出す雰囲気からただならぬものを感じてはいたが、就活で気が殺気だっているのかもしれないと、会わなかった間にあった友人たちの出来事を話して聞かせた。大翔は時より「うん」「ああ」といった返事はするのだが、いつもなら時より見せる笑顔も見られない。香穂子の胸に暗雲が立ち込め始めた。

暗雲

突然、大翔が振り返り香穂子の前に立ちはだかり、香穂子の目を見つめてこう言った

「もう、これまで通りの付き合いはできない。他に好きな人がいるんだ」

香穂子は咄嗟のことにキョトンとしていた。息をするのを忘れていたのであろう、胸が苦しくなって慌てて深呼吸をした。その後「スキナ ヒトガ イルンダ」と「ナニ?ナニ?ワタシタチワカレルノ?」という言葉が交互にリフレインしていた。

どれくらいの時間、お互い向き合った姿勢のままでいたのだろう?香穂子は我に返り、大翔の中で香穂子の存在が忽然と消えてしまったのか?確かめようと大翔の瞳を見上げるが、大翔の瞳は落ち着いていていた、それを見た香穂子は、これは白昼夢でも冗談でもない、紛れもない事実だと実感し声も涙も出なかった。それくらい大翔の表情は、これまで見たことのない何かを終えた静かな瞳だったのである。

香穂子は、今自分に何が起こっているのか、必死に冷静になって頭の中を整理していた、しかし、既に回路がバーストして思考停止状態になっている。もう一度大翔の顔を見上げると、そこには、もう迷いのない表情の大翔がいた。香穂子は「イヤダ ワカレタクナイ」という言葉さえも陳腐に感じたので咄嗟に言葉を飲み込んだ。すると言葉の代わりに両目から大粒の涙がこぼれ始めた。

涙

「ごめんね 大翔君 ここで バイバイ」と言うのが精いっぱいの香穂子は、流れる涙をそのままにCIRCLEへと向かった。その後ろ姿を大翔は何も言葉をかけることもなく見送っていた。

「カラン・・・・」力なく扉に身体を預けるように押し開けながら香穂子は店に入った。そんな香穂子の姿を見た綾乃は、客が帰ったテーブルの片付けの手を一旦止めて「どうしたの?大翔くんと喧嘩でもしたの?」と問いかけるが、その問いかけが終わらないうちに香穂子が泣き崩れてしまった。

綾乃は香穂子を抱きかかえるようにして、人目に付かないボックス席に座らせた。おしぼりと水を渡し、落ち着くまで傍に黙って座っていた。ふとその席から外を見ると、通りを挟んだ向かい側に大翔が立っていたのが見えた。綾乃はただならない事情を感じ取った。

綾乃にとって香穂子は親友である前に可愛い妹のような存在である。その香穂子が、これまで大翔の事で悩んでいるのを何度も聞かされる度に、他にも香穂子を慕っている男性はいるのにと思いながら、一方では上手くいくように陰ながら応援もしていた。

それよりも常々大翔のつかみどころのない態度に苛立ちも感じていた。そんなところにと香穂子が、しょんぼりと肩を落としながら、しかし現実を受け入れるかのように小さな声で「大翔くん、好きな人ができて、私とは付き合えないって」言うのを聞き綾乃の中で何かが弾けた。

衝撃

次の瞬間、香穂子を席に残したまま綾乃は外に出て、大翔の元へ向かった。
大翔の正面に立った綾乃は、一言も発することもなく、大翔の左頬に手刀を一撃放った。
大翔は避ける暇もなく、その場になぎ倒された。

小柄な綾乃であるが、高校時代まで空手道場に通い地区リーグで優勝するほどの猛者だった。
「香穂子の心の痛みはこんなもんじゃないからね、もう近づくな!」と吐き捨てるように言いながら、その場をスタスタと去っていった。

何事が起ったのか?と通行人がジロジロと見ながら通り過ぎていく、親切な男性が「大丈夫ですか?」と声をかけ助け起こそうとする人がいたが、今の大翔はそんなことはどうでもよかったので「大丈夫です、起きられますから」と答え、そのまま仰向けになり空を眺めた、そこには透き通った青い空が広がっていた。

大翔は「これでいいんだよな」とつぶやいた。


「Six Woods・・・⑥タイトル未定」に続く(近日公開予定)


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