埼玉酒蔵訪問記~大瀧酒造~
埼玉県庁の所在地、さいたま市にある酒蔵『大瀧酒蔵』。
明治の頃からこの地で酒を醸している。
戦前まで農村地区であったこの一帯は、今もなお田園風景が残っているが、戦後に宅地開発が進み、その姿はわずかなものである。それゆえ、行き着くまでは住宅地のなかを進むことになった。酒蔵があるとは、想像がつき辛かった。
コンビニや近代的な家屋を傍らに車を走らせていると、突如酒蔵の看板が目に飛び込んできた。『酒蔵=自然豊かな場所にある』というイメージが私の頭に出来上がってしまっているので、不意をつかれたような気分だった。
代表銘柄は「九重桜」。
昔からこの銘柄で販売しているそうで、蔵の前の林に珍しい九重桜が咲いたことにちなみ命名されたそう。
今は残念ながら蔵の前は田圃であったが、かつては美しい桜を見ることができたのかもしれない。
桜の代わりに紫陽花が迎えてくれた。薄紫の花弁が雨粒に揺れる。
さらに進むと、風格の漂う家屋が見えてきた。なるほど、明治創業。歴史の重みを感じさせる家屋は、私を得心させた。
入り口には木の細工物。温もりのある空間が、この酒蔵の空気を予感させる。
物販スペースは、入ってすぐ右手にあった。
居間でくつろいでいらっしゃったおかみさんに、申し訳ないと思いながら声を掛けさせてもらった。
優しい声音が、先程感じた空気感を真実と告げてくれた気がした。写真撮影の許可を伺うと、「この時期は酒造りしてないから、あまり撮るもんもないだろうけどね」と屈託のない笑顔で許可を頂くことができた。
有り難い話だ。遠慮なく、ファインダーを様々な方向に向けた。
遠くで、蔵人がなにかしらの作業をしている。この時期になると、雇われている蔵人は片付けや詰めの仕事をしていることが多い。仕込みの時期でなくとも、蔵人は案外と忙しいのだ。
麹室や窯場、貯蔵庫は見えないながらも、あちらこちらにカメラを向けていると、男性が顔を覗かせた。たまたまいらっしゃった代表の方だ。
期せずして出会えたのだが、これはチャンスとばかりに話を伺うことにした。
「うちは埼玉で初めて清酒優秀賞をとったんだよ」。
雑談を重ねながら話を伺っていると、棚の後ろから大きなポップを取り出して、誇らしげに語ってくれた。長押に飾られているいくつもの賞状。古くは昭和44年の賞状のものがあった。
それを皮切りとして酒の話を伺おうかと思っていたのだが、いつの間にか写真の話へ。なんでも写真をやられていたそうで、居間に飾られているものやpopに使っているものも撮られたそう。「ポートレートなんかも撮りに行ったんだよ」と語る表情は、本当に楽しそうだった。
庭にあるサボテンもおすすめしてくれた。
「夜中から朝早くには花が咲いてんだよ」とご夫婦。お二人の表情を見ている限り、とても美しいのだろう。見ることは叶わなかったが、二人の表情は花が、咲いたように明るかった。感じるには、それで十分であった。
そのあとは雑誌を見ながら、昔の写真や、現在のコンテストの入選作品など、私としては非常に今日深い話を伺えた。
もう少し話を伺っていたかったが、群馬に戻らななければならなかったため、大瀧酒造のあとにした。最後に、近所の膝子八幡神社で写真を一枚。
樹齢約300年の大欅だそう。人の太ももほどはありそうな大きな根に九重桜を置いて、撮影させてもらった。
購入したのは『九重桜 純米古酒11年原酒』。
はじめて訪れる酒蔵では純米吟醸を購入しているが、古酒の魅力に負けてしまった。琥珀色の酒体に、はちみつのようなコクのある味わい。漂う熟成香は、長い年月を思わせる。仕込み水は利根川水系の井戸水を使っているそうで、やや軟水気味で、舌触りが非常に優しいのが特徴となっている。
度数は17度。喉を通り過ぎるときに感じる熱さが心地よい。
人のぬくもりと歴史を感じられる酒蔵『大瀧酒造』。ぜひ、一度訪れてほしい。