麹菌の由来
静岡の女子高生が地元の野生麹菌を分離したという記事を少し前に読んだ。
麹菌は稲の感染症の一種「稲麹」が由来という伝承がある。その伝承に基づいて東京農大名誉教授の小泉先生が、稲麹から麹菌を分離したという論文があるが、この論文「稲麹でのUstilaginoidea virensとAspergillus oryzaeの共存とその由来源について(1984)」をきちんと読んでみると
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/79/7/79_7_504/_pdf/-char/ja
○ 稲麹の付いていない健全な水田の稲の穂, 葉, 茎, 土壌には多数のA. oryzaeが棲息しているが, U. virensは分離できないこと, また稲麹の付着している水田の稲の葉や茎からはU. virensとA. oryzaeが分離されることなどがわかった. このことから, 稲作水田の周辺には絶えずA. oryzaeが棲息していて, 何らかの原因によりU. virensが穂に増殖して稲麹の菌叢ができ, これにその周辺に棲息していたA. oryzaeが付着して混在することが考えられた。
○稲麹から分離したU. virensとA. oryzaeを同一平板培地上に接種しても互にその増殖を抑えることなく, 共存できることを知った。
となっているので、稲麹には A. oryzaeは共存できるので混在しているだけということ。
日本酒についての最初の記述といわれる播磨国風土記には、「大神の御粮(みかれい)沾(ぬ)れてかび生えき すなわち酒を醸さしめて 庭酒(にわき)を献りて宴 (うたげ)しき」と「お供えにカビが生えたので酒を造った」といっており「稲麹」じゃない。じゃあ、空気中に舞っている菌がついたのか? 合理的に考えると、論文にもある稲の葉や茎、つまり「藁」やそれを加工した「むしろ」、「藁苞」に付着していた菌だろう。灰が保存性を向上させることは古くから知られていたので、お供えの蒸米に灰をまぶすこともあったかも知れない。
A. oryzaeと強力なカビ毒を生産する A. flavus は、近縁種で形態だけでは区別が難しい(小泉先生の論文は遺伝子解析以前)。A. oryzaeは、カビ毒を生産しないとか生殖能力がないとかアミラーゼ遺伝子が多くなっているといったヒトに都合が良いような特徴がある。こういった A. oryzae のヒトに都合が良いような特徴は、種麹屋が麹を作りつづける中で麹菌が家畜化されたためという説を北本勝ひこ東大名誉教授は唱えている。
北本勝ひこ:和食とうま味のミステリー 国産麹菌オリゼがつむぐ千年の物語, 河出書房新社(2016)
一方、実践女子大学の秋田修教授によれば、蒸米を模した培地を用いると、自然の稲穂や花から野生 A. oryzae が分離でき、現在用いられている実用醸造黄麹菌は、自然界に由来しその後大きな変異をすることなく用いられてきた可能性もあるのではとしている。
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20171218131314.pdf?id=ART0009874664
野生酵母は、酒母を作るなどで低温やアルコール生成、香り(匂いを嗅ぐ)とかの選択圧をかけることが比較的簡単にできる。また酒質が異なることが分かりやすい。一方、野生麹菌の場合、食品に用いる以上カビ毒生産性の検証は必須。また、酒質に与える影響も検討しなければならないが選択圧をかけることが難しいので造ってみるしかない。酒造りや味噌造りの期間中に行うことは困難であらかじめ試験し良いものを種麹化しておくことになるだろう。
天然麹作ってみましたというブログ等があるが、天然大好きの人たちは、自然はわがままで恐ろしいという当たり前のことに目をつむっており尊大だなと思う。
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