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【秋ピリカグランプリ】飛ばないくしゃくしゃ紙飛行機

お題:紙

 母が亡くなった。
 約三ヶ月前に末期癌と余命を宣告され、母はその残り少ない時間を目一杯謳歌し、笑顔で亡くなった。我が母ながらその胆力には驚かされたものだ。
 そして諸手続きが終わり、喧騒が一段落した清秋。私は実家へと戻ってきた。兄は東京で家庭を持っているし、父は幼い頃から顔も知らない。祖父母はとうに亡くなっていて、東京で夢破れた私以外にこの生まれ育った実家を守る者がいなかったのだ、仕方がない。

「ありがとうございましたー」

 昨今の静音性とは真逆のエンジン音がうるさい引っ越しトラックを見送り、誰もいない実家で荷解きを始める。田舎は木々が多いからか、都会よりも幾ばくか涼しい。億劫に感じていた荷解きは存外さくさくと進んだ。
 ひとり黙々と作業を進める。梱包材に使った新聞紙がしゃかしゃかと鳴る音が響く。部屋に廊下に縁側に、庭に響く。ちらりと目を向けると、さすがに母が手入れ出来なかった庭は、雑草が長く短く踊り狂っている。これからあの雑草とも闘う事になるのかと思うと、はあっと気が滅入った。安価な芝刈り機をホームセンターに探しに行こう。

「あー、休憩休憩ーっと」

 元々多くない荷物をある程度片付けた辺りで休憩を挟む。誰が淹れてくれる訳でもない、たったひとりの実家でひとりアイスコーヒーを淹れた。ペットボトルの安価なコーヒーは、じんわりと汗をかいた体に染み渡った。表面に水滴を作り続けるグラスを片手に縁側に腰を下ろす。目の前は青い空と青い雑草。心地良い風と草の揺れる音。青い草の匂いとどこかの家のカレーの匂い。
 田舎の実家に全身を包まれて、はたとこの家にひとりな事を実感した。

 子供の頃、ここでよく兄と紙飛行機を折っては飛ばし、祖母に怒られた。それを祖父は新聞を眺めながら静かに笑んで眺め、母が慣れた様子で祖母を宥める。それがもうどこにもないのだと、はたと実感した。祖父母が亡くなった事も、母が亡くなった事も、兄が東京に居を構えている事も、とうに知っていたのに。
 そっか、もうこの家には私しかいないのか。そんな実感がはたと湧いてきた。涙は出ない。それ程若くない。ただただ、当たり前の事実を全身で感じただけだ。

 コーヒーを飲む手を止める。床に直置きしたグラスが水滴を作り続けるのを無視し、緩衝材に使っていた新聞紙を一枚手に取った。くしゃくしゃのそれをそっと伸ばし、手のひらをインクで薄っすらと黒く染めながら丁寧に折る。出来上がった大きな紙飛行機はどうしたって皺が取れず不格好。飛ばしてみてもろくに飛びもしない。

「……あー……明日、折り紙でも買ってこようかな」

 どうせ実行しない思いつきを言葉にしてみる。くだらない思いつき。ただの日常の一瞬。だが私の思い出は、確かにその一瞬の積み重ねで出来ている。

end

文字数:1145文字



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