「ケーキの歴史物語(お菓子の図書館シリーズ)」を読んで【本】
皆さんクリスマスにケーキは食べましたか?
日本のクリスマスケーキと言えばショートケーキ。そのせいかは分かりませんが、一昔前まではケーキ=ショートケーキという印象が強かったように思います。
でも近年は一口にケーキと言っても、お店で売られているケーキのバラエティが増えた気がします。
長い横文字の名前で、一体どういうものなのかよく分からん! なんてこともしばしばですが、おいしいものの幅が広がっているのは嬉しいことです。
ケーキに限らず世界各地の食文化が、昔より身近になっていますよね。
さて、本書はタイトルの通り、ケーキの歴史を紐解いたもの。
パンからケーキへ進化してきた流れや、世界各地のケーキの紹介、文学に出てくるケーキへの言及などが大まかな内容です。
内容には些か偏りがあり、著者がイギリスの人のため、イギリスの話がメイン。イギリスの食文化に馴染みのある人には最初から最後まで楽しいでしょうが、そうでないとお菓子の固有名詞などが分からず読み進めるのが億劫に感じてしまうかも。
幸いわたしはイギリスのお菓子が好きなので楽しく読みましたが、それでも全然知らないものもいっぱい登場してその都度メモしたり調べたりする作業に追われました……。
とはいえ面白いエピソードやためになる知識があれこれ載っていたので、お菓子好きや文化史に興味のある方は読んでみたら良いのではないでしょうか。ケーキ以外にもシリーズであれこれ出ている模様です。
本書の中で一番驚いたのは、わりと最近、ケーキの定義を巡って起きた裁判があったこと。
それが1991年のジャファケーキ裁判です。
なんでも、ジャファケーキというお菓子の製造会社が
「真ん中にオレンジをのせてチョコレートでコーティングしたこのお菓子はケーキであって、ビスケットではないため付加価値税の対象品目にはならない」
と主張し、イギリス内国歳入庁と対立したのだとか。
結果は「ケーキとビスケットの決定的な違いは、長時間放置したらケーキはかたくなるが、ビスケットは柔らかくなる」という科学的な原理から、主張が認められ会社側が勝利しました。
しかし3年後には別の会社も、チョコレートビスケットにマシュマロをのせ、ミルクチョコレートでコーティングしたチョコレート・ティーケーキで同様の裁判を起こしているのです。
しかもこちらは原理的にはケーキではないのに、“ケーキらしさ”が認められ12年かけて勝訴しているという……。
ケーキかビスケットかで裁判が起きるなんて一見ナンセンスな珍騒動ですが、ビジネス絡みですし、関わっていた人たちは本気だったんだろうなあ。会社の利益を追求していった先にこんなことが起こるなんて、冗談のような出来事です。
結局のところ、言葉を定義しているのは人間で、定義を捻じ曲げたり曖昧にぼかすことができるのも人間なので、この裁判に本質的な意味があるのかと考えればあまりないようにも思えますが、会社にとってはありがたい判決だったことでしょう。
ケーキの国ごとの違いについての説明も興味深かったです。
たとえば
・フランスでは家でお菓子を作る習慣はほとんどなくプロの仕事
・反対にアメリカでは皆家庭で作り「私風○○ケーキ」を作り出す
・オーストリアやフランスで愛されてきた甘くてこってりしたケーキは、コーヒーや紅茶のおとも
・対してイタリアのあっさり軽いケーキは、ワインと一緒に出されることが多いから(軽食みたいなものってことかしらん?)
といった具合。地域によってケーキを作ったり食べたりする文脈が違うわけですね。
ケーキ単体ではなくて、そのケーキが元々食べられていた場所の食文化全体を念頭に置いて食べると、より食事が豊かなものになりそうです。
もちろんそれはケーキに限ったことではなく、あらゆる食べ物に言えることですが。
また、少なくとも私にとってはケーキは特別なものでごちそうという感覚ですが、欧米諸国ではケーキが生活に密着した存在なのだなと再認識しました。
あと植民地政策によって、本来いわゆるケーキが存在しなかった地域でも、今や生活に欠かせないものになっている場合があるそうで。
ラテンアメリカには、スペインとポルトガルの影響を受けたトレス・レチェ・ケーキというお菓子があるのだとか。
これはスポンジケーキを焼いた後に、エバミルク、コンデンスミルク、クリームの3種類のミルクに浸してホイップクリームを塗った、名前の通り(トレス=3、レチェ=ミルク)のケーキ。
字面だけ見るともったり甘々な雰囲気ですが、意外にも軽くて歯ごたえのある仕上がりなのだそう。
このケーキに限らず、ラテンアメリカではコンデンスミルクやエバミルクが食文化のキーになっているとのことです。
文化の輸出・変容は一概に善とも悪とも言えない(というか両方の側面を持ち合わせている)繊細な事象……とはいえコンデンスミルクなどを使った料理が美味しいからこそ根付いたはず。
美味しいものは人を幸せな気持ちにしてくれるので、美味しい食べ物が増えたことは幸せなことだと素直に思います。
ところで各地の“有名なケーキ”として列挙されていたケーキの名前(ドボストルテ、ダンディーケーキ、ラミントン、エレクションケーキ、エンジェルフードケーキ、ニューオーリンズ・キングケーキ、モラヴィアン・シュガーケーキ、デヴィルズフードケーキetc)が、半分以上知らないものだったのでびっくりしました。
イギリスでは当たり前に知られているんだろうか。それともわたしが知らなさすぎなのか……?
後半の、文学に出てくるケーキの項でも発見がありました。
まず、ヴィクトリア時代、子どもたちはケーキをほとんど食べさせてもらえなかったこと!
イメージの中の裕福な家庭の食事といえば、前菜やメインなどが順番に運ばれてきて、締めにデザートがサーブされる豪華な晩餐なんですが(発想が貧困だろうか……)、そうじゃないのだろうか。子どもはケーキが食べられなかったのはなんでだろう。子どもには贅沢すぎるから?
この辺り、詳しいことはヴィクトリア時代の子どもの文化史を紐解いてみないといまいち分からないのですが、とにかく当時の子どもにとってケーキはファンタジーの世界に近い食べ物だったのだそうです。
食べたい、でも食べられない、憧れの食べ物。
『不思議の国のアリス』でも、ケーキが食べたくても食べられない、食べたら予想外なことが起こる、魅惑的で危険な食べ物としてたくさん登場すると書いてあって、確かに! なるほど! とハッとさせられました。
英国児童文学の手引きとして子どもの文化史を解説している書籍も多数あるので、今度何か読んでみようと思います。
それから「ドリー・バードン・ケーキ」について。
ドリー・バードンとはチャールズ・ディケンズの『バーナビー・ラッジ』に登場するお嬢さんの名前とのこと。
恥ずかしながらディケンズと言えば『クリスマス・キャロル』や『大いなる遺産』の印象が強く、この作品は全く知りませんでした……。が、wikipediaでも主要作品の一つに挙がっているし、欧米ではかなり人気のある作品のようです。
ドリー好みのドレスを思わせる奇抜な派手なもの(帽子、パラソル、魚など)に、あれこれその名を冠されているのだそうで、ドリー・バードン・ケーキもそういったものの一つでした。
いかにディケンズ作品が親しまれているかが分かるエピソードですよね。
個人的に知れてよかったのはジョン・エヴァレット・ミレーの『花嫁の付添い』に関する小話です。
この絵自体は観たことがありましたが、タイトルと描かれている女の子がどうも結びつかないでいました。
それが、18世紀後半の、“結婚式のケーキをもらった女の子が未来の夫を占う風俗”を下敷きにして描かれたものだと分かったのです。
当時、結婚指輪にケーキのかけらをくぐらせてから花嫁の未婚の友人たちにケーキを配る風習があったそうで、ここに描かれた花嫁の付添人の少女も憧れと不安を胸に未来を占っている最中だったのですね。
今絵だけ見ても何だかさっぱり分かりませんが、当時の人々は一目見ただけでぱっと何を指しているか分かったのでしょう。
総じて、物事の背景に何があるかをおもんぱかる大切さ・楽しみを教えてくれる読書時間となりました。
今度からケーキを食べる時は、ちょっとその背景にある物事に思いを馳せてみようと思います。
思ったより長くなりましたが、最後まで読んでくださった方ありがとうございます……!