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久々に小説を書いている

 楽しいことは人それぞれに違っていて、ある人は友人とおしゃべりすることだったり、別のある人は漫画を読むことだったり、またある人はサッカーをすることだったりする。
 楽しいことは心を潤す。楽しいという、心が跳躍して届いた高いところにある感情は、生活していくのによい弾みとなる。楽しいと健康にいいし、退屈な人生をもっと短く感じられるだろう。
 私にとって楽しいことは、小説を書くことだった。

 昔から空想するのが好きだった。自分が主人公の夢物語は考えたことはないが、いがらしみきおの漫画『ぼのぼの』の主人公ぼのぼののような子供だったので、もし〜だったらどうしようと常に不安にかられる夜もあれば、毒の作り方を独自に考えて作ってみたり、小さな紙のお城を作ってそこでの登場人物たちの暮らしを想像したりしていた。

 私がまずたどり着いた表現方法は、絵である。中学までは中二病真っ盛りの空想絵を描いていた。なかなか上手かったと思う。美術部にも入っていたので下手ではなかったはずだ。
 小学一年生から好きだったのは漫画での表現方法だ。私はギャグ漫画が作風で、毎日手のひらより小さな紙に漫画を描き、兄や妹に読ませていた。評判は上々である。兄も妹も爆笑し、私は天才漫画家だった。

 しかし転機が訪れる。妹の思春期である。読者であり一番の鑑賞者であった妹は、私の創造物へのこだわりを「オタクっぽい」と評しだした。私が中学生のころまでは妹も小学生なので、私が高校受験そっちのけで書いていたパイナップル頭の少女を主人公にしたギャグ漫画を清書して学校に持っていくくらいには崇拝されていたのだ。しかし、中学に入った妹の目は段々と冷めていく。「これ、新キャラ? お姉ちゃん高校生だよね……」と言われた日に、私の創作は一旦粉砕され、爆発四散した。私のギャグ漫画は、この日、息の根を止められた。

 しかし創作をやめようと思ってもやめられないのが私の悲しい性である。大学で一人暮らしになると、テレビを見る時間帯などにギャグなんだかシリアスなんだかわからない動物たちの乗った船の話を、頭の中で考えていた。頭の中で繰り返し振り返っても、その物語は続いていた。仕方がないのでノートに書き出した。段々と漫画になった。
 そのノートはもうないが、かなり長いストーリーになったと思う。

 ある年の長い長い大学の夏休みに、私は帰省した。さんざん渋って帰らなかったのだが、一旦帰ると面倒くさくて今度はアパートに戻りたくなくなる。そんなとき、高校生の妹がケータイ小説を書いていたのだ。私の創作は否定していたのに、妹は創作活動を……?と思ったが、ケータイ小説は本当に流行っていた。妹からしたらそこまでオタク的に感じられなかったのかもしれない。
「お姉ちゃんも書いてみる? 私のケータイで書いていいよ」
 そうして書いたのが「をぢさむ」。内容はあまり覚えていないが、恋愛小説だらけの中でかなり浮いていたと思う。しかし感想がつき、文章が上手いと褒められ、私の魂に火がついた。よし、もっと書こう。
 これが私が小説を書き始めたきっかけである。ノートで長い話になっていた動物たちの船の話は、人間の話となって長い小説となった。

 私はたくさん小説を書いた。毎日毎日続き物や掌編を書き、楽しく書き続けた。夜から朝まで書いた日もある。十五年近く書き続けた。それは全てWEB小説だった。
 あるとき長年描き続けたSF作品が、大きな賞の最終選考に残った。とても嬉しかった。賞のことはそんなに期待せず、書くのが楽しいから発表の場として小説投稿サイトがあればそれでいいと思っていた。それなのに、段々と欲が出てしまったのだ。
 SFはあまり読んだことがなかったので、読むようになった。面白かったが私が書くにはかなりコストがかかりそうだった。それでも書いた。同じ賞に一年空けて続けて二回出し、どれも一次選考は通過した。けれど一作目のような結果は出ない。段々と書くことが間遠になった。元々色々なことがあって、最終選考に選ばれる直前くらいから書けなくなってきていた。それが顕著になっていた。

 好きなように書くほうがいいと、ある日思った。SFは自然体で書けるようになったときに書けばいい。今は好きなものを書いて小説を書くことが好きな気持ちを思い出すべきだ。
 それから毎日ぼんやりしたり、好きな小説やノンフィクションを読んだり、友達と喋ったり、東京に旅行に行ったりした。東京の同人誌即売会で刺激を受けたのがよかったのかもしれない。私は、書き始めた。

 なんてことのない、少年少女の成長物語である。長さもそれほど長くならないだろう。傷ついた少年少女が周りの助けを得て立ち上がったり癒されたりする、私の作品の定番ストーリーだ。SFも、ファンタジーもない。でも、シリーズ最終話としてずっと構想していた話なので、書くのが楽しい。
 このまま書き続けられればいい。そうして、いろんな人に届いて、読んでもらえればいい。プロの作家になるだとか夢を追うだとか、そういうことはそのあとだ。
 登場人物や設定が頭の中で渦巻くこの感覚は、何よりも楽しい、夢のような気分だ。それさえあれば、続けられるのかもしれない。

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