『魚を増やしたい・守りたい』 研究一筋だった私がさかなドリームを共同創業するに至った理由 - Co-founder 吉崎悟朗
はじめまして。
2023年7月にさかなドリームという東京海洋大学発の水産スタートアップを共同創業した、東京海洋大学の教授を勤めている吉崎 悟朗(よしざき ごろう) です
原点:魚との出会いが人生を変えた
神奈川県鎌倉市出身。東京海洋大学博士(水産学)。生殖幹細胞操作技術「代理親魚技法」を用いることで、資源量が減少している魚や絶滅が危惧されている魚を増やし、保全する技法の開発を手掛け、2023年7月に株式会社さかなドリームを共同創業。
魚との最初の出会いは小学4年生の時に始めた釣りがきっかけでした。そこから急激に釣りにハマり、魚に興味を持ち、気付いた頃にはすっかり釣り少年。
その後、高校1年生の夏休みの宿題で、”地域の産業について”というテーマで原稿用紙100枚分のレポートを書き上げなければならず、「どうせなら大好きな魚について調べたい」と思い、地元の水産技術センターを訪問しました。そこで見た巨大水槽に目が、心が奪われ、進学する大学を決めるに至りました。そこには、釣り好きであれば一度は釣りあげてみたいと思う憧れの超大物が巨大水槽の中で群れを成して泳いでいる光景が広がっていたんです。さらに、水産技術センターは、海を守り、魚を増やす研究をしているとのことで、自分にとってドストライクともいえるこの環境で働きたいと強く思いました。
見学のあと、研究員の方に「ここで働くにはどうすればいいのですか?」と聞いたところ、研究員の半数以上が東京水産大学(現 東京海洋大学)の卒業であると告げられ、東京水産大学への進学を決めました。
ターニングポイント:『魚を守りたい』という強く思った原体験
小学生時代にハマった釣りは大学入学以降、車の免許取得と共に行動範囲が広がり、海釣りに加え渓流釣りにも夢中になっていきました。時には山に籠り、野宿をしながら魚を追いかけ、上流へと遡っていくことも日常に。
80年代当時、日本各地で堰堤という小さなダムの建設や川岸をコンクリートで固める治水工事が盛んにおこなわれていました。私自身、河を遡って釣りをしていると、河原を重機が走り回り、河の中はまっ茶色に濁り始めるといった光景を何度も目にしました。人間のために、美しい魚たちが、自然が、犠牲になってしまっているという現実を目の当たりにして『なんとかして魚たちを守りたい』という思いが強くなりました。
もうひとつ、大学時代に初めて仲間たちと船を仕立てて沖釣りへ行ったときのこと。真っ青なマグロの大群が陽の光を浴びてキラキラと輝きながら凄まじいスピードで船の下のすり抜けていく様子を見て『なんて美しいのだろう』と感動しました。この瞬間、自分の中でクロマグロが、食べ物から、美しい野生動物へと明確に変わりました。
『こんなにも美しく、活力に満ちたマグロたちが人間の食欲のために食べ尽くされることなどあってはならない』そう強く思った経験が、後にクロマグロを増やす研究に着手した、大きな原動力でした。
代理親魚技法に辿り着くまで
そうして大学院進学、博士号取得、アメリカでの博士研究員を経て日本に戻ってきた頃、日本で研究者として生きていくためにまずは混んでいない研究分野、かつ水産学的に将来パラダイムシフトを起こせそうな研究テーマを模索し、始原生殖細胞に目をつけました。
始原生殖細胞とは、卵から孵化したばかり、あるいは卵から孵化する直前の魚の赤ちゃんが持っている細胞で、将来、オスでは精子、メスでは卵子をつくり出すおおもとの生殖細胞です。精子と卵は受精すれば一匹の魚になるわけですから、始原生殖細胞は魚に変身する細胞と考えることができます。すなわち、この細胞を操作することは、生きた魚を操作することと同じ意味を持つわけで、水産学的に大きな意味があると考えました。
その後、研究を重ねながら辿り着いた「代理親魚技法(だいりしんぎょぎほう)」で、絶滅の危機にある魚たちを守ること、救うことを目指していくことを決意しました。
代理親魚技法(だいりしんぎょぎほう)とは?
平たく言うと「魚の代理出産」技術となります。
ドナー種の卵や精子の元となる「生殖幹細胞」を、ドナー種とは異なる近縁種(代理親)の仔魚に移植することで、成熟した代理親魚にドナー種由来の卵や精子を生産させることが可能です。この、大人の魚も持っている生殖幹細胞が、始原生殖細胞に似た性質を持ち、代理親の性別に従って卵にも精子にもなれると発見したことで、代理親魚技法の実用性が大きく高まりました。
代理親魚技法は、大きく分けて生物保全と養殖の二つの目的で活用することが可能です。
① 生物保全
魚の精子は凍結保存が可能ですが、卵はそのサイズが大きすぎるため凍結保存することができません。そのため、特定の魚が絶滅すると、その種を復活させることは不可能です。
しかし、精子や卵のもととなる生殖幹細胞は凍結保存が可能なため、たとえその魚種が絶滅しても、近縁種を代理親として使用することで、その絶滅種の卵や精子を生産することが可能です。
私は、自然の摂理に逆らって滅びゆく魚を無理やり増やそうと考えているのではありません。現在の地球は、人間の経済活動により「第6の大量絶滅」の危機に直面しており、人間のエゴによって失われつつある魚種をできる限り未来に残したいと考えています。
② 養殖
人類は1万年の歴史をかけて農作物や畜産物を栽培、さらには品種改良することで、成長性、飼いやすさ、味わい、栄養価などを大きく向上させてきました。
一方で、水産物の品種改良は、技術的なハードルから農畜産物と比較して大きく後れを取っており、その歴史は約50年と非常に短いことが現実です。世界的な人口増加に加えて、健康志向の増加や日本食文化の浸透から、魚のニーズは日々増えており、養殖業に寄せられる期待も大きなものになっています。
しかし、地球規模の環境変化など課題も多く、これからの養殖業を持続可能なものにするには品種改良の力が必要不可欠です。代理親魚技法を活用することで、大型種の代理親に小型種を、晩熟種(成熟までに時間がかかる)の代理親に早熟種を用いることで、品種改良のコストやスピードを圧倒的に革新することが可能となります。
さかなドリーム創業の経緯
そんな私が57歳という年齢で、なぜ共同創業するに至ったのかについて触れたいと思います。
2000年初頭に、私は代理親魚技法の研究を通じて以下のゴールを定めました。それは
①生殖幹細胞を液体窒素で凍らせて、いつでも魚を蘇らせられる状態にすること
② サバにマグロを産ませること
③ 試験管の中で無限に培養した生殖幹細胞に由来する魚を産ませること、の三つです。
その後2013年に冷凍保存した生殖幹細胞から生きた魚を作ること(=①)を達成し、2020年には世界で初めて試験管内で培養した生殖幹細胞から魚を産ませること(=③)にも成功しました。また、最近ではスマというサバ科の小型種にクロマグロの精子を生産させることにも成功しています(=②)
しかし、この技術の社会実装が、全く進んでいないことが大きな気がかりでした。
この技術の社会実装には、幹細胞生物学の知見だけでなく養殖のスキルまで、幅広いノウハウが必要です。しかし、幹細胞等の基礎研究をしている研究者と養殖現場の技術開発をしている研究者はまったく異なる研究コミュニティーに属しており、この両方の知見を併せ持つ研究者は非常に少ないのが実情です。
そこで、私が定年して研究を止めたら、代理親魚研究は社会実装されないまま忘れ去られてしまうのではないかという大きな危機感を覚えました。
そんなとき、大学内に水圏生殖工学研究所を新設することが決まり、研究者の増員が認められるという絶好のタイミングでもあったため、社会実装を前提とした研究者枠で公募を掛けたところ森田が応募してきてくれました。
その後、生研支援センターが主催する研究を社会実装するための「スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」に森田が採択され、その支援内容のひとつであった経営者候補とのマッチングプログラムにおいて細谷・石崎に出会い、彼らと起業するという決断に至りました。
森田を招き入れた頃、魚の研究一筋だった私には正直、社会への一般普及をどうやって実現すればいいかという道筋は見えていませんでした。
そんな時に彼らから、「代理親魚技法を活かして、圧倒的に美味しい養殖魚を創り付加価値を高める。」という自分たちのコンセプトが具体化された事業計画に関する提案を受け、私たちの研究と彼らのビジネスノウハウが組み合わされば、水産業界に新たなブレークスルーが起こせるのではないか?と思い、一緒に起業することを決めました。
さかなドリームで実現したいこと
さかなドリームで実現したいことは、大きく二つあります。
これまでの研究人生の中で、優れた技術でありながらも、社会実装への橋渡しが欠けていたために消えていった技術を多く目にしてきました。新しい技術が定着していくには、社会に深く根を張り持続的に利用されることが必要不可欠であると考えます。この事業を通じて、これまでの研究成果が少しでも社会で役立つことを期待しています。
二つ目は、抜群に旨い魚を届けていくことです。
現在の日本では、「養殖魚の味は天然魚に劣る」という認識が一般的です。天然の一級品が非常に美味しいことは間違いありませんが、その評価には天然魚信仰ともいうべき先入観が大きく影響していることも事実です。実際、欧州や北米においては、養殖魚はその育成環境(餌や水質等)が明確であることから、天然魚よりも高く評価されることも少なくありません。また、これまでの魚の品種改良は主に成長性や耐病性といった生産性向上に重点が置かれてきたため、味の改良が進んでこなかったことも養殖魚の味わいが高く評価されていない背景の一つです。例えば、和牛では正確な家系図が作られ、美味しい牛の遺伝子をいかに残すかが重視されていますが、魚ではこれまでそのような管理が困難でした。しかし、代理親魚技法を用いれば、実際に「美味しい」と評価された魚の生殖幹細胞を利用して、その子孫を増やすことが可能となります。この技術を通じて、高級店やグルメな方々に納得していただけるような旨い魚を届けていきたいと考えています。
どんな組織にしていきたいか
さかなドリームが取り組む研究開発や養殖生産の多くは、前例のない挑戦です。したがって、どんなに最先端の知恵と技術を集結しても、立ちはだかる困難も少なくないと思います。これを粘り強く乗り越え、自分たちの力で新たな土俵を作っていきたいと思います。言い換えると既存の土俵で相撲を取ることに満足せずに、どんどんと新しいことにチャレンジする勇気と行動力を備えた集団でありたいと考えています。
さいごに
優れた技術で社会を変える。そんな挑戦を私たちと進めていきたいと少しでも感じてくださった方がいれば、ぜひ一度お話ししましょう!
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