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たまにはファッションでも7

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卒業論文を書くにあたり、私は一度ロリータファッションに見切りつけようと大半のコレクションを手放した。
本当にお気に入りのコレクションのみを残して、後は殆どタダ同然の値段でリサイクルに回した。
卒業論文を書くために、一度距離を置こうと思ったからだ。

手放すのには断腸の思いだった。
これまでのアイデンティティを手放すのと同じくらい身を削る思いだった。
そんなことをしなくても良かったのに、と今なら思えるがその当時にはそこまで思いきらないと私的な感情が邪魔をすると思っていた。
ロリータ全盛期でもあった私には、そうしたけじめ必要だと考えていた。

院生になり、始めはMILKばかり着ていた。
でもロリータファッションを忘れることは出来ず、またこつこつと収集するようになった。
ただ、ロリータファッションを日常的に着るよりも着たいときに着るスタンスになっていた。
けじめ、とか何とか言っていたが結局はロリータファッションが私のファッションの原点であったし、ロリータファッションをしている自分も好きだから結局の所手放したけれども完全私の中で切り離すことできなかった。

学部生のゼミ手伝いをする機会も多く、また私は学部生の授業も聴講生として参加していたため、悪目立ちしたくないという思いもあった。
そんな思いもその内(可愛いければいいじゃん)と開き直る事で度々着ていく事も多かった。
学生の覚えもよろしく、先輩でロリータファッションの人がいる、と途中で噂にもなり、またそんな格好で学内を歩いているもんだからロリータファッション好きな後輩から声を掛けて貰うことも増えた。
一番は受け持ちの学部ゼミ生のウケが良かったのもあったし、固執せずに着れる事で私の中でカジュアル格好も良いし、フェミニンな格好やモードもどき格好していても別段私の立場も変わらなければ、後輩からや教授達から評価が変わらない事も学んだ。
まぁ、なかなか教授達からは根性のある奴として可愛がって貰えたのも背景にあったと思うけど。

ファッションを楽しむ。
日常生活を送る中で華を添える存在になったロリータファッションは、一度手放した時よりももっとカジュアルに私の生活に彩りを与えてくれた。
ロリータファッションに固執しなくても、私は私でいれた。
以前に比べ、今日のファッションを見るのが楽しくなった。院入学で、毎日忙しく研究進める中で改めて自分の中でロリータファッションとは?という問い続ける事もでき、充実感でいっぱいだった。
多分、中学生の頃には全く想像できなかった事だ。

無事に修士論文書き上げる頃にはロリータファッションとカジュアルなファッションと私の中でのロリータ生活として定着していた。
ロリータファッションから始めたブログも、何時しか更新しなくなり、他のSNSに移行していった。

ファッションは楽しい。
無理して自分枠に嵌めなくていいのは気持ち的に楽だ。
MILKのお洋服たちはそれからも増え続け、一部はコレクション化しているが、今でも飽きずに愛用しているブランドのひとつだ。
どれだけ洋服を持っているか、ではなく私が私らしくいる為のアイテム達のひとつになった。

今でも年に2、3回程度ロリータファッションを着ることがある。
後は、ほとんどMILKのカジュアルスタイルかEmilytemplecuteかJanemarpleのカジュアル所だ。
UNIQLOやGUだって着る。私にとってロリータファッションあったからこそ、今のカジュアルなスタイルも有る。
好きだー!という気持ちだけで走っていた青春時代。
その中心がロリータファッションを軸としたものだった。

やりきった。楽しかった。可愛い夢のようなお洋服たちとクローゼット。
その内忘れてしまいそうなロリータファッションへの思い文章で残せた。

私のロリータファッションよ!永遠に!

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