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桜散る今日、明日でおわりの瓢箪
桜の季節、四ツ谷から市ヶ谷に向かう散歩は心地よい。
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旧外堀に沿って続く小高い土手にできた道。周りに大きな建物がなく空が広くてスカンと抜けた感じが都心にあって珍しく、その両側には桜が並ぶ。
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近所に住んでいた頃は夜桜みながらぶらぶら歩いたものでした。今も夜の花見で人気があるのでしょう…、ところどころにごみ収集のエリアがあってその分別が7種類にもおよぶところに感心します。
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桜の花は散り際がよい。若い頃は枝に必死にしがみつくようで潔くない…、椿の方がいいじゃないかなんて粋がっていたけれど、ハラリハラリと枝や他のはなびらに別れを告げるような桜の散り方も風情があってなかなかなもの。
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木の幹に散って残った花びらの桜の花と思えばこれまたうつくしい。
散歩の先の市ヶ谷で「瓢箪」による。
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立ち食いそばのお店で明日で閉業。
Facebookやブログのフォロアーさんに教えてもらってやってきた。
閉業間際のお店にくることはあまりない。
混雑することがあったり、ただいたずらにさみしくなったりするから控えているのだけれどここは特別。
近所に住んでたことがある。
終の住処にと思って買ったマンションで、けれど事業に失敗し競売にかけることになった。
競売が終了するまでは住まなきゃいけない。
億ションの住民にしてほぼ破産者という不思議な時期によく来てた。
4ヶ月くらいだったでしょうか…、その期間のことは今もあまり思い出せない。
忙しくって心ここに在らずな状態がずっと続いていましたから。
特に会社、個人の民事再生申請をして3日ほどは何を考え、何を食べてたかまるで記憶にないのだけれど、ずっとタナカくんがいてくれたことは覚えてる。
朝起きて会社に行ってすべきことをして家に帰って何かを食べて寝る繰り返し。
タナカくんがお腹がすいたからそばを食べに行こうよと誘ってくれて来たのがこの店。
ボーッとしているボクの代わりにかき揚げそばを買ってくれ、食べたらお腹がジワーッとあったかくなってきて、隣をみたらタナカくんがズルズルそばをたぐってた。
「おいしいね」っていうからボクも「おいしいね」って言ってふたりで泣いた。そんな店。
今日もやっぱりかき揚げそば。
券売機に明日でおしまいの貼り紙がある。
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にもかかわらずお店のすみずみがピカピカで、お店の人もニコニコ、いつも通りにやってらっしゃる。
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カウンターの上にひと筋、シールが貼られてその白線の上に食券をおけばそば、下ならうどんというやさしいシステムも今日で見納め。
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丼の口の大きさとほぼ同じサイズのかき揚げ。
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茹でたワカメに刻んだネギにかまぼこ一枚。
いつもの景色。
かき揚げの下からそばをたぐりあげると麺は色ぐろ。
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七味をパラリとふりかけて、ズルンとたぐるとやわらかな麺と一緒に汁が口の中へとやってくる。
軽い酸味が後口すっきりさせる汁。
出汁の風味と強い旨みに醤油の香りが混じり合う。
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汁を吸い込んだかき揚げがハラハラ壊れて汁と混じってとろけてく。
これがおいしい。
麺とのからみもよくなって、ズズッとすするとトロリと口の中へとやってくる。口から喉を撫でるようにしてお腹をポワンとあっためる。
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あのときはまるで食欲がなかったけれど、食べてるうちにお腹がどんどん空いてきて、汁もしっかり飲んで器を空っぽにした。
「おいしかったネ」ってボクが言ったら「また来ようネ」って言ってお店をあとにして、それから何度も一緒にきた。
今日も汁まで全部飲み、もう来れないネ…、って思ったら涙がでました。
さようなら。
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部屋の競売が終わるときにはすっかり落ち着き、明け渡すときには気持ちはさっぱりしたものでした。
今の部屋に移り住んで、あらたな生活をはじめたときには気持ち晴れ晴れ。
多くの人に迷惑をかけてしまったけれど、タナカくんとの時間を多くもてるようになってよかった…、とボクは思った。
実はそのマンションを買ったときから、ボクにはもしかしたらそういうことになるんじゃないかと予感があった。
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