【第二十三話】下稽古、出来は散々|しがない勤め人、国立文楽劇場で藤娘を舞う
下稽古はどんどん進み、
自分の番が近づいてきたので舞台袖へ。
若い男性がこちらへやってきて、
「あなた藤娘?まあ落ち着いて、いつも通りに」
的な励ましをくださった。
えーと、あなたはだれですか?
しばらくすると、黒い塗笠を持った小道具のおっちゃんが現れた。
「そろそろかぶっとこな」
太めの腰紐のようなものを私の額にグッと巻きつけながら、
「本番はな、かづらがあるからもっとこう高こうに安定するんやけどな、今日はこれでごめんな。痛ないか?大丈夫か?」
おっちゃん、やさしい。デモチョットイタイカモ・・・
かづらがわりの紐の後、黒い塗笠をかぶせてくれた。
むむっ、これは結構キビシイぞ・・・
頭が前後左右にゆらゆらする。
首で止めようとするとしんどいな、どないしよ。
こうかな?首じゃないのかな、これならどうだ?
笠がまっすぐになるポジションを探る。
下稽古はおっしょはん、姉弟子さん達と進み、いよいよ私の番。
恐るおそる舞台へ上がる。
先ほどの若い男性ともうひとり、同じ歳くらいの男性が登場。
ふたりは舞台中央奥に腰の高さほどの小さなつい立てを置くと、その後ろに隠れるように陣取った。
当日は藤が絡まる松の大木(たいぼく)のセットが組まれるので、つい立てはその模擬のようだ。
おお、謎の若い男性達は後見さんだ!
(後見=こうけん、演目の途中で小道具を持ち替えたりするときに手助けしてくれる人)
そういえばおっしょはん、
後見はご宗家(お家元)の息子さん達がついてくれますよー
っておっしゃってたな・・・
ヒイイー、ということはあなた方は!ご宗家プリンスs!
お、恐れ多い〜
しがない勤め人がこんなとこにまぎれこんで、すんません・・
私は舞台上手(かみて、客席から見て右側)で藤の枝を左肩にかつぎ、
最初の格好(ポーズ)をする。
あー、もー、小道具、今日が初めてやねんから扱いの不出来はしゃあない。
止まらんと最後までできたらええか <あきらめは早い
お稽古の時と同じ、録音の曲が流れ…
え?あ?
いつもと違う、なんかええ音がちょいちょいするんですけど?!
音のする方向をちら、と見る。
下手(しもて、舞台から見て右)側の客席前列に、
小鼓、笛、太鼓、つけ打ち(歌舞伎でチョン!って鳴らすやつ)さんがいらっしゃる。
え、な、生音補完じゃないですか。
聞いてないよ〜?!
しかしまあ、なんと贅沢な。
なんてったって“伝承の会“、だもんな〜
(そんなすごい会に私なんぞが出ていいんだろうか、という疑問もわく)
それにしても、リアルな音は気分がいいなぁ〜
(いつかオール生演奏で舞ってみたい・・・アイハブアドリーム!)
想定外のあれこれに心揺さぶられつつ、
なんとか第一場終了。
つい立て(=木の幹)の後ろに入る。
藤の枝を塗笠に持ち替えて、いざ第二場!
の前に、
ここな、本番は松の根っこが大きくな、ここくらいまであるからな。
衣装の裾、長くて引っかかるからな、出入りの時はコーナリング大きめにな。
後見さんより指導が入る。
なるほど、これぞ下稽古。リハーサルって大事(だいじ)やなぁ。
第二場の曲がかかるやいなや、
あー、違うちがう!そこ!いらんいらん!
舞台上手(かみて)の奥にいたおっちゃんがわーっと手を振りながら飛び出してきて、大きな声で制止する。
えーと、アナタモダレデスカー?!
そこは取ってもうて、なんやらかんやら〜
どうやら曲の出だしのアレンジが変わるらしい。
なるほどこれが下稽古・・・
気を取り直して第二場。
出だしは録音ではなくて、生演奏がポンポンドンドン・・・
(そうか、これなら時間調整できるから小道具の持ち替え焦らんでええんやな。初心者の私に優しい設計、なるほど〜)
藤娘、松の木(を模したつい立て)の後ろからかわいく登場〜♡
したところ、
そこ違うな、出る方向が逆や。それやと次の振りができんよ。
今んとこからもっぺんやり直して。
客席中央に座っていらした大師匠から指導が入る。
どうやら私は出る方向を左右逆に覚えていたらしい。
言われたとおりにやり直してしばらくすると、
あかん。違う、ちがう!
大師匠は立ち上がると、舞台下までいらしてのご指導。
そこはな、そうやのうてこう。やってみて。
そうそう、できるやないの。もっかい音ありで!
遅々として進まぬ下稽古。
おっしょはんと姉弟子さん達はさら〜っとつつがなく終わられたというのに。
不肖の弟子、穴があったら入りたい・・・
そこ違う、もっかいやり直し。
を何度か繰り返し、ようやく釈放。
ほうほうのテイで舞台を降りた私の背後で、
ちょっと、あっこんとこ、よう教えたってや。
謎のおっちゃんが後見さんsに声をかけている。
がーん、居残り確定。
舞台袖にて後見さんより藤の枝を手渡され、指導が入る。
あんな、あっこんとこな、そうやのうて、こうやな。
あとここな・・・
それからな・・・
ひーっ!私むり無理ムリーっ!
こんなん覚えられへん〜
せ、せんせー!一緒に聞いてー!
って、おらんやーん。どこ行かはったーん?!
涙目でおっしょはんの姿を探すもむなしく。
λ…………トボトボ
帰りのなんばウォークは、いつもの何倍も長く感じられたのであった。
(とん蝶、買い忘れた・・・)
(続く)