【プチ贅沢】お鮨の幸せ(1)食べそこねたコハダの新子
今年もコハダの新子を食べ損ねてしまった……。
「ああ、すみませんね、もう終わっちゃいました」
カウンターの向こうで職人さんが頭を下げ、
「ですよねー」
がっくりうなだれながら、わたしは、普通のコハダを頼むことにした。
と言ってもマイナーな鮨ネタなので、伝わらないかもしれないけど、コハダの新子は8月下旬から9月初旬までじゃないと食べられないレアなネタなのだ。
わたしが好きな鮨ネタは、ハマチ、鯛、そしてコハダ。
それぞれ見事にカテゴリの違うネタだなあと思う。
ハマチがわたしの中ではだんとつの一位に君臨している訳で、あの脂が乗ったのが何とも言えず、ほいほいと口の中へ放り込んでしまう。
一方、二位の鯛は、大学生になってから好きになった。子供の頃はあの淡白さに興味を惹かれなかった。でも、ある日突然、
「や……この淡白な白身の中に秘められし、この甘味、奥深い旨味……ふうむ、子供の味覚では理解できまい」
つい、もったいぶったモノローグが脳裡をかけめぐるほど、深い衝撃を受けたものだった。
鯛が昔から魚介類の王様として扱われて来たことが、翻然と悟ることができた。
噛むほどに、上品な旨味が口中へひろがってゆく。
で、コハダ。
銀色に光る、酢で締めた薄い身は、いかにも地味だ。
けれど江戸時代、初めて現代のお鮨スタイルが登場した時の一番人気は、このコハダだったらしい。
華屋与兵衛という人が、握り鮨を発明し、瞬く間に江戸中で人気をはくした頃のお話。
そういう話を知って、それまで見向きもしなかったコハダを試しに食べたのが始まりで、その時は、
「ふうん、これが江戸時代の一番人気かあ」
としか思わなかったけれど、それでもコハダを見かけるたびに注文している内、くせになってきちゃった。
各種鮨ネタの中でも、コハダは特に手間がかかるネタの一つだと思う。
小さい魚なので、小骨を取るのが大変だし、包丁を入れるのも大変。これを酢で締めるのも、職人さんの腕が問われるので、お店によって個性が出やすいのではないかという気がする。
威勢よく銀色に光っておきながら、そのたたずまいに謙虚さがあって、シャイなくらい目立とうともせず、その実、見えないところでとても手間がかかっている点、いかにも江戸っ子の姿じゃないか。
江戸っ子は、威勢のよさばかりをクローズアップされがちだけど、実際のところ彼らほど謙虚でシャイで気遣いがものすごい人たちはいない。
わたしを可愛がってくれた、お姉さん的友達が、代々の江戸っ子で、まさしくそんなお人だった。
で、コハダの新子。
これはまだ大きくなっていないコハダの身を何枚も張り合わせた鮨ネタで、コハダが大きくなってしまう前に食べないと、来年まで待たないといけない。
去年も食べ損ねているので、これで2年も逃してしまった計算になる。
その見た目、例えるなら……何枚も羽根を持つ大天使がいて、その羽根をしゅるりと身体へ巻きつけたような……という様子をイメージすれば、大体そういう感じ。
普通のコハダと違って身が柔らかくて、独特の味わいがある上に、時期が限られているのでとてもレア。
当然、身がとても小さいために、職人さんの手間がめっぽうかかるので、それなりのお値段もする。
わたしが行っているお鮨屋さんでは、一貫で800円くらいした。
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