【シルクロード5】銀河の中の敦煌と、必殺のどかちゃんキーーック
夜通し寝台バスに揺られ、早朝も6時半きっかりに、敦煌へ到着した。
中国では今でも時おり「奥地で長距離バスを狙った山賊があらわれるんだぞ」という噂を同乗のおっさんから聞かされたけど(え、山賊!?)、結局そんなものに襲われることもなく、平穏なまま目的地の大地を踏み締めることができた。
一応、米軍サバイバルマニュアルみたいな文庫本をリュックにしのばせてあったので、どっかに放り出されても、
「大丈夫だ、どーんと来い!」
なんて、有事に備えていたんだけどな……。
敦煌のホテルにて、他の日本人観光客に声をかけられ、グループで〔玉門関〕へ行ってみることになった。
一人ではタクシーのチャーター代が厳しいけれど、数人でお金を出し合えば、現実的な費用となる。
古来、この玉門関はその名の通りの関所で、中国の輸出品目である玉(ぎょく)をチェックしていた。
距離にして、約100キロほど。
途中までは舗装されていた道路も、やがては荒涼たる莫賀延蹟(ばくがえんせき)ばかり。
つまり、ずっと変化のない黄色い地面しかない、単調な風景に変わっちゃった。
嗚呼……シルクロード。
到着してみると、玉門関は想像よりずっとこぢんまりしていた。
東西南北、それぞれ大体25メートルほどずつ。
や、ちっさい!
ここに詰めていた兵士や役人たちは、さぞかし気詰まりで、変わり映えのしない景色の中、さぞかし、ため息ばっかりついてただろうな……。
ふらっと訪れた現代の観光客であるわたしは、のんきに、
「歴史だー、ロマンだー!」
と騒いでいられたけど。
すぐ近くには、ちょろっとした水の流れがあった。
こんな沙漠のど真ん中でも、まったく水がない訳ではない。
指をつけて、ちょっぴり舐めてみた瞬間、
「しょっぱ!」
沙漠の表面を流れる水は、その蒸発っぷりが半端なく、最初はそれなりに大量だったであろう水量も、どんどん煮詰められたのと同じになって、最終的には塩分濃度がかなり高くなってしまう。
よくよく観察すると、氷の膜が張っていた。
いや、そんな訳がない。
「これ……塩の膜だ」
パキッと割って、舐めてみると、まさしく塩の結晶だった。すこし苦い。
それなのに、わずかながらも水草が生えている。
海にだって海藻は生えているのだから、塩分があってもそこに植物が生えないなんてことはないだろうけど、それにしたってこんな内陸部の、とてもしょっぱい流れの中に生える水草があるなんて……。
なんというたくましさだろう。沙漠は、並の生命力では生き残れない。
○
敦煌の定番としての代表格を挙げるなら、鳴沙山がある。
完全に観光客なれしていて、苦笑を禁じ得ない部分もあったけど、それでも、
「これこそ沙漠の砂!」
のイメージをまったく裏切らない、さらさらとした粒子の細かい砂の沙漠で、おもわず歓声をあげてしまった。
中国では沙漠と言っても色々で、ゴビ沙漠にもなると、むしろ瓦礫が延々と続く風景だった。それら瓦礫を手に取ると、小粒でもずいぶんと重かったっけ。
ちなみに、もっと先のタクラマカン沙漠ともなると、かなり粒子が細かく、ほぼ粉だった。
で、今回の鳴沙山。
中央に三日月のような形をした〔月牙泉〕があって、しずかに水を湛えている……んだけど、観光客の中国語がずいぶんと飛び交っていて、静寂とはまるで無縁なのである。
それよりも、だ。
生まれて初めて、ラクダに乗った。
結構な値段がしたけれど、乗ってみるとかなりの高さがあって、目線の高さが自分の身長の二倍にもなる。
ラクダにはそれぞれ番号が振られていて、わたしのは140番だったので〔イスリーン〕と名付けた。
140って数字を中国語で読んでみただけなんだけどね。Yi Si Ling(イースーリン)なので。
沙漠の丘陵の、峰の上に立って、真っ青な空、明褐色の大地を眺め渡しながら……。
わたしは衝動に負けて、跳躍した。
「のどかちゃんキーーーーック!」
飛び蹴りの姿勢でそのまま着地できる場所など、そうめったにあるもんじゃない。
キックの脚をつきだした格好で、ぼふっと砂地へ落下。
た・の・し・いぃぃ!!
周囲の観光客から、余計な注目を集めて、中には指差して笑う人もいた気もするけど、へっちゃら。
こんな胸がおどること、もう二度とできないだろうから、またも峰の上へ戻って、
「のどかちゃんキィィィィィ〜〜〜〜ック!」
ぼふっ。
この思い出は、一生忘れない。
ところで、月牙泉では、飛天(天女)のコスプレもあったらしい。だいたい300元くらい。高い!
そうと知っていれば……いや、やっぱり恥ずかしくて度胸が持てない。
いや、砂丘の上で飛び蹴りかましたことを思えば、露出の多い飛天の格好のひとつやふたつ……。
むー。
鳴沙山は、敦煌の中心街からちょっと離れているが、その気になれば自転車でも行ける。
わたしは、レンタル自転車でここまで来ていた。
沙漠の太陽は急速に沈み、黄昏、月牙泉を後にする。
午後10時半。
最初に金星。
ほどなくして、他の星々も顔をのぞかせる。
ホテルへ向かって漕ぎ出したころには、満点の星空になっていた。
あらためて知る。
わたしがいる地球は、宇宙の中を旅している最中なのだと。
他にも空気の綺麗な場所で星空を見上げることはあったけれど、この敦煌・鳴沙山を超える夜空を、まだ経験したことがない。
「わああ!」
本日二度目の歓声。
声を出さないではいられないほど、わたしは銀河の真っ只中に浮いていた。