着せ替え人形の彷徨
朝まだきの往還は、奥ゆかしい静けさに包まれていた。しとどなアスファルトから立ち込める独特の香りが鼻腔をくすぐる。浅春の冷たい風が前髪をゆらすたびにおでこに感じるくすぐったさになんとも言えない切なさを覚えた。肺腑にたまったどうしようもない侘しさも、この穏やかな静寂にひたされるうちに溶解していくようだった。と、後ろから荒々しく風を切る車の音が聞こえてきた。すっかり現実に引き戻されてしまった私は憮然と背後を振り返る。粗暴な走行音とは裏腹に、色も形も雪見だいふくそっくりな車が濡れた道路を蹴立てていった。無駄に太いマフラーから大きな音をまき散らして威丈高に走り去っていく雪見だいふくの模糊としたテールランプを何となく目で追う。やがてそのとろけるような赤は朝霧の中に消えてしまい、辺りには再び静穏が訪れた。深く息を吸う。顔をだし始めた春の香気が、気難しい私のスイッチをいとも簡単に入れてくれた。
今日はどの私がいいかな。
脳内に溢れかえる雑多な私のプロフィールをスクロールしながら、すかすかなキャスターに火をつけた。