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Dish&Talk vol.1 Florilège 川手シェフ

シェフのお気に入り料理と、編集部が今気になるお話を伺う連載。
初回は神宮前フロリレージュのシェフ川手寛康さん。料理は「水羊羹」。お話は「味わいと記憶」「リスクマネジメント」「新しいライン」「ブランディング」についてです。


フランス料理人が本気で作る水羊羹

編集部――「癒し」のテーマでお料理をお願いしましたが、メニューを決めるのがとても速かったですね。

川手シェフ――ここのところ暑かったから水羊羹ばかり食べていて。

編集部――和菓子がお好きなんですか?

川手シェフ――いえ、あんこが得意じゃないです。子供のころから、おはぎの外側をはがして中身だけ食べるくらい。でも、水羊羹は好きなんですよね。別物です!

編集部――今まで作ったことはあるのでしょうか?

川手シェフ――何回もありますよ。でも、ここまで本気で作ったことはないです。こしあんを水でのばすのが手軽だと思うんですけど、今回は豆から煮て、葛を使います。和食の人とは作り方が違うかもしれないですけど。

編集部――寒天ではないのですか?

川手シェフ――寒天だと口あたりがボソボソするのが好きじゃなくて。ゼラチンと合わせると口どけがちょうどいいと思います。これ(くず粉を使う場合)も、ゼラチンが入ると歯切れと口どけがよくなります。

編集部――おいしそうです!

川手シェフ――でも、ゼラチンも使うと大変でしょ? 料理人以外の人も読むって考えると。葛だけで作ってもじゅうぶんおいしいですから! これ、めちゃめちゃ試作したんですよ。
ポイントは小豆汁の濃度とくず粉の量。あと、やっぱりできたてがうまいです。仕上げにホイップクリームを絞ってジンをたらします。

編集部――ジンですか? 味の想像がつきません。

〉川手シェフの水羊羹のレシピはこちら

編集部――ところでシェフは、癒しに限らず、気分や記憶と結びついている料理はありますか? 

皿の上にのせた気持ちが、味わいとして記憶に残る

川手シェフ――うーん、意外とないです。子供のときの親父の洋食の記憶ばっかり(※川手シェフのお父さんは洋食のコックさん)。取材でもよくあるじゃないですか? 「今までで一番記憶に残っている料理ってなんですか」って。そうなると、パッて出てくるのって、親父がいつも作っていたものだったり、ガキのときの記憶のほうが強くて。今でも、親父が作ったハンバーグは一発でわかるんじゃないかな、10個くらい並べられても。

編集部――記憶の味ってそういうものかもしれないですね。

川手シェフ――味って単体では覚えられないんですよ。香りだったり、何かと結びついて初めて味わいとして記憶に残るんですけど、やっぱり、そういうものが一番大きかったのは、子供のときの。……子供って、何やっても、何食べても、経験値が少ない状態じゃないですか? そういうことでもあるんじゃないかなと思います。

編集部――経験と組み合わされていく味。レストランもそういう場所かなと思います。

川手シェフ――よく、「体験型」のレストランと言いますけど、それって色々あるじゃないですか? お皿の上だけの体験でも記憶に残るレストランもあるし、エンターテイメント的な演出とともに記憶に残るレストランもあるし。
うちのお店は劇場型って言われることが多いですけど、その割には僕、正直ほとんどエンターテイメントって考えたことがないんです。この(調理シーンがゲストから見えるコの字型の)カウンターを作ったきっかけだって、「どうやったら料理を一番いい状態でお客さんに提供できるだろう」というところからなわけで。
記憶に残るっていうのも色々な意味合いがあると思うけど、僕は、料理人の本質としては、お皿の中にある記憶というもののほうが、作っていても楽しいし、喜んでもらえたときの快感はやっぱり一番強いかな。
僕は客席を盛り上げたりするのが得意じゃないし、あそこ(火口の前)に立ってひたすら料理を作ってるだけで、お客さんに細かく説明したりしない。僕の思いは、お皿の上で完結している。気持ちをのせて作ってる。気持ちがのっかったときに、初めて記憶に残る料理になり得る。
それが伝わったときに、(お客さんの)記憶の一つになったらいいなとは思います。……だから、そう簡単に、記憶に残る料理は作れない。

編集部――お皿の上にある、香りや温度や、総合的な味わいに気持ちが宿っているということですね。

海外出店はリスクマネジメントのひとつ

編集部――……ところで、今(5月末)、コロナウイルスの影響がある状況だと思いますが、それについて伺ってもよいでしょうか。シェフは何か、変化はありますか?

川手シェフ――うーん……、僕の中では、正直なところ、(レストランの運営上は)それほど何にも思ってないかな……。もちろん、経済としてはいい方向ではなかったとか、色々ありました。でも、想定外ではあったけど、コントロールがきかなくなるような想定外ではなかった、って、僕は思ってます。(経済上、)このくらいのことは今後もあっておかしくないんじゃないか、とも思います。

僕は、お店を出してすぐにリーマンショックがあって、そのあと震災があって、それでこのコロナウイルスがあって。毎回、経済が厳しい状況になったりとかがあって。でも、今、この時代で突然レストランがなくなるってことは、ないと思う。今後100年で見たときに、レストランがだんだんと減少傾向でなくなっていくということは大いにあると思いますけど。
……今の状況はもちろん大変だけど、対策のとりようはあったんじゃないかと思う。常にいろいろなリスクマネジメントをする、ということですが……。たとえば僕がLogy(台湾のレストラン)を出したのもリスクマネジメントのひとつです。

編集部――日本と台湾では状況が違うという?

川手――ひとつの国がおかしくなっても、他の国がそうでもないって、当然あることじゃないですか? 日本だけで10店舗100店舗出すよりは、世界中に出すほうがよっぽどリスクマネジメントとしては正解だと思う。そういうやりようというものは、あったんじゃないかなと。

編集部――お皿の中の変化はありますか?

川手シェフ――それもとくに。もちろんレストランが休んでいるから生産者さんとかも大変だけど、農家さんがいなくなったわけではないし、今、肉や魚は逆に選べる状況です。お店としては先月も今月もマイナスですけど、料理を作るという点だけで考えると、好材料しかない気がします。

編集部――前向きですね。

川手――すべて心ひとつじゃないですか。失われるものがあったとしても、ただマイナスとして処理するか、次のときはどう対応するかって蓄積していくか。むしろ、ここを前向きにとらえられなかったらレストランをやっていけないんじゃないか。
6月は少し営業状況がよくなりそうですけど、でもそれって、ただボケッとしててよくなるわけじゃないです。マネージャーと、どこでどういうアプローチをしてお客さんを獲得していくか話し合って。(5月下旬に)ネット予約を始めたのも、突然やってるように見えるかもしれないですけど、意外とあれも、細かく考えていたりします。

編集部――そうなんですか?

川手シェフ――どの時期に、どういうふうに発信していくか。もちろん、大きく前後はしてないですよ? でも、このタイミングで、よーいドンで行こう、みたいなこととか。出口が見えたときにどう集客をしていくのか。うちの場合、今まで海外のお客さんが4割いたのを、日本のお客さん100%で秋までどうやってのりきるのか。それは、経営者の手腕にかかっているだけです。

今、僕、SNSとかを日本語ばかりで上げてるんです。今までは英語も使っていたけど、日本の人の目にとまりやすい言葉で。細かいことなんですけど、でもそういう、少しずつ時代に合わせていくことが大事。
経営って本当に、糸の上を裸足で歩いているような感じだから、どんなタイミングでそのバランスが失われるかもわからないし、いつ落ちてもしょうがないと思っています。でも今現状は、12年間、満席のお店を作ってこれていて、それは、ああでもない、こうでもないと言いながらやってきたことです。只々料理を作って毎日を過ごしていたらお客さんがいなくなるって、もう、経験上わかっているわけじゃないですか? だから、やっぱり何かをやらなきゃいけない。ある程度のクオリティがあるお店としてのイメージを、どうつくっていくかも含めて。だから僕は今回、テイクアウトに手を出さないです。

編集部――クオリティですか?

川手シェフ――イメージが変わってきちゃう。それは、僕、別のラインでやりたいんですよ。フロリレージュは、これまでつくりあげてきたイメージとクオリティをもったレストランであって、他のものは、別のラインで捉えていきたい。

複数のラインをもつ意味

川手シェフ――たとえば、二つ星のレストランがかき氷屋さんのライン(ポップアップ営業の「ガリガリレージュ」)を作るなんて誰も思ってなかったんじゃないですか? でも、なんでそのラインを持っているかと言うと、何かあったときにそれが使えるからです。僕がいなくなっても収入になりますし。
「ウラリレージュ」もそう。二番の子に突然お店でシェフをやらせるなんて、前はご法度みたいなことでしたけど、でも、そういうこと(リスクマネジメントを考慮した大小関わらず新しい挑戦)は、早いほうがいい。誰かがやっているのを見て同じようにやるんじゃなくて、常にアンテナをはりながら、「こんなことやってかなきゃいけない」っていうのを見極めて先陣をきっていかないと、レストランを続けていけないと僕は思います。

今度、「デンクシフロリ」っていうお店を出すんですけど(外苑前「傳」とのコラボレーション串焼きレストラン。今秋オープン予定)、それに関しても、レストラン同士、シェフ同士が協力しながらコラボレーションでレストランを出すなんて、ほぼなかったと思う。
僕、コラボレストランって、負けない戦い方だとすごく思っていて。金銭面だったり、技術面だったり、集客面だったり、いろいろな面があるけど、二人が補い合いながら一軒のお店を出せるってすごいなと。たぶん今後、コラボレーションのレストランって山ほど出てくるんじゃないかって思ってます。

編集部――コラボレーションイベントではなく、レストランですか。

川手シェフ――二人じゃなと出せないっていうのがポイントです。結局それも、今までにないラインを作っていくわけだから。

編集部――新しい試みであり、お客さんが楽しいというのもあると思うんですけど、リスクマネジメントのひとつというのが、へえ、と思いました。

川手――やっぱり、全部がそうだと思いますよ。「無理してレストラン増やさなくてもいいじゃん」っていう言葉もありますけど、でも一軒だけだとむしろ危ないこともあるから。たとえばじゃあ、そこで食中毒が出たらどうするか。
そのときに分社化してたら、たとえばうちの店が1か月営業できません、となっても、Logyもデンクシフロリも普通に営業するわけじゃないですか。逆もしかりで。もしそれが系列店だとすると、全店舗閉めないとダメですよね? イメージも、すべてにおいて。面倒くさいけど、分社化するってそういうこと。僕、個人も入れたら4つの会社を持っていることになります。フロリレージュの会社、台湾の会社、デンクシフロリ、個人の会社(プロデュース業など)。それって、4つのラインがあるわけで。

ブランドの成長とともに店は変化する

編集部――複数のラインを作りながら、フロリレージュさんのイメージを保っていくうえで、改めて、どういうお料理……皿の上にどういうものをこれまで表現し続けてきて、これからもしていこうと思っているかを伺えますか?

川手シェフ――むしろ逆です。いかに新しいものを作り続けるかっていうのが今は重要ですよね。「フロリレージュの料理これだよね」じゃなくなっていく。むしろ、「あ、こういうラインで入ってきたんだ」みたいな。
昔はどちらかと言うと、「お皿を見るとその人の料理ってわかるよね」だったけど、今は「どんどん新しいものを受け入れながら、どんどん新しい料理を作っていくスタイルなんだ」みたいな、そういうイメージのほうが、フロリレージュにはいいかなと思っています。

編集部――そう思うようになったきっかけなどはありますか?

川手シェフ――自分というより、お客さんが求めているような気がします。フロリレージュに、「東京にいながらにして世界を味わえる」みたいなことを。世界の料理が出てくるんじゃなくて、世界というレベルを味わえる。「ああ、世界のトレンドってこれなんじゃないかな」みたいな。全然意味のわからない組み合わせだけど、でもなんとなく日本も感じるし、だけど、世界ってこういうものなのかなって。
それはある意味、どれだけ説得できるブランドを作れるかだと思います。たとえば、奇抜なデザイナーがいて、人を説得できるだけのブランドを持っていない状態で意味のわからないものをオートクチュールで作ってボンッて持って行っても、「こんなの着ないよ!」ってなる。でも、もしそれがカルティエだったとしたら、「カルティエさすが! こんなことするんだ!」ってなるわけじゃないですか?  そこまで持っていくのが大変なんですけど、でもそこまでくると、逆に、新しいものを作り続けていったほうが。ヴィトンが新しいことにどんどんチャレンジしていくように。

編集部――シェフにとっての「そこまで」とは?

川手シェフ――自分たちが発信して、レスポンスが早くなってきたな、という感覚。たとえば、一番近いところだと、「ネット予約を始めます」って上げた瞬間から、すぐに反応がある。昔だと上げても、タイムラグがあるんですよ。浸透するまでに。みんながシェアしてくれないと伝わっていかないところがあったんですけど、1の発信が一瞬にして10になる。そのタイムラグがすごく短くなったというのが重要。時間ですね。

編集部――最終的に、全然癒しじゃない話になりました……(笑)。

川手シェフ――(笑)ビジネスの話。

編集部――そういうこと考えていらっしゃるから水羊羹を食べて癒されているんでしょうか。

川手――水羊羹は何の意図もないですよ。僕が食べたいだけ。あとはかわいいかなと思って。

編集部――かわいいですね。やわらかくってちょっと崩れてるところも。

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川手――かわいいでしょ!? このスタイル絶対、誰か、やりそうな気がする! 一応、僕が調べた限り、このデコレーションやってるところ、なかったんです。水羊羹、生クリーム、デコレーションで調べたら。そしてジンをかける。

編集部――誰もジンをかけようなんて思わないです。

川手――僕もさっき思いついただけですけど(笑)。ジン、うまーい。

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Fin. 川手シェフ、ありがとうございました!

Florilège 
東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN外苑B1
https://www.aoyama-florilege.jp


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