串刺し公ヴラドを主人公にした「ヴラド・ドラクラ」が、3巻から急激に面白くなるのは何故か。
ドラキュラのモデルにもなった「串刺し公ヴラド」を主人公にした、「ヴラド・ドラクラ」を既刊7巻まで読んだ。
実は三巻の途中までそこまで面白いとは思っていなかった。
「ヴラド・ドラクラ」は15世紀に黒海東岸にあったワラキア公国が舞台だ。
ワラキアはハンガリー王国とオスマン帝国という二つの強国に挟まれているため、この二国、どちらかの後ろ盾を得なければ公座につくことができない。
政情が不安定で、公座につく人間は頻繁に暗殺される。そのため公の権威が低下し、実権は国内の有力貴族が握っている。
主人公ヴラドは父親と兄が暗殺されたために急遽公座に着いたが、貴族たちにはただのお飾りと見られ周りには誰も味方がいない。
こういう状況からどうやって国を取り戻し、ハンガリーやオスマン帝国から国を守るのか。
歴史が複雑なので「こんな状況だったのか」と詳細を知ることができるのは面白い。ただ正直、エンタメ作品としてはそんなに面白く感じない。
なぜ、エンタメとして余り面白くないのか。
話を引っ張るエネルギーが作内に存在しないからではないか。
主人公のヴラドは無口で無表情、余計なことは話さないため何を考えているのかわからない暗い……いや、落ち着いたキャラである。
一巻、二巻はほぼずっとこの調子である。
話やキャラが暗いから良くないというのではなく(むしろ好き)、暗い話には「暗いエネルギー」がある。
この話は単純にエネルギー源がどこにもない。
キャラが余り立っておらず、好き嫌い以前に興味が引かれない(興味を持つフックがない)
リナルトがマーチャーシュを説得しようとするシーンなど、自分で片目を抉り出しているのだから盛り上がりそうなものだ。
だが、読んでいてもびっくりするくらい気持ちが盛り上がらない。「へえ」と思いながら読んでいた。
影の権力者であるアルブは面白いキャラなのだが、その面白さをうまく発揮できずに死んだ。そういう印象が強い。
余り知らない歴史だから、それを知るために読むと思えばいいか。そう思っていた。
ところが三巻の途中から突然、別の話になったのかと思うくらい面白くなる。具体的にはヴラドと旧知の仲である、オスマン帝国のメフメトⅡ世が出てきてからだ。
陰性が強いヴラドに対して、メフメトⅡ世は陽性が強いキャラだ。その対比でヴラドのキャラが立ちだしたのか。
よく言われる「ライバルキャラが大事」ってことかな?
などと、考えていた。
それくらいどうして急にこんなに面白く感じるようになったかが不思議だった。
でもその後の巻を読み進めていくうちに気付いた。
これだけ話が面白く、敵味方問わずすべてのキャラが見違えるように生き生きし出したのは、物語にエネルギー源が現れたからだ。
そのエネルギー源とは、
いや、ヴラドやん(セルフツッコミ)
そうヴラドなのだ。
でも最初見た時、ヴラドだとわからなかった。
「おっ、こんなカッコイイキャラが出てくるのか、楽しみだな」と思っていた。
でもよく見たら、横髪くるくるだし、あれっ、ヴラドじゃん!
どうしたんだ、急に。突然アクティヴな性格になるのか。
そう思ったが、違うのだ。
ヴラドは元々はこういう人間なのだ。
物語の初期で無口で無表情、余計なことは何も言わず、影のようにひっそりとしていたのは強く自制していたためだ。
「お飾りの公であり、国内に権力基盤がほぼない状態」の時、ヴラドは自分の内部のエネルギーをすべて抑えつけていた。
本来のヴラドは、父親が侮辱されれば自分が子供で人質の身だろうと相手国の兵士に食ってかかり、その指を噛みちぎる。
冷静沈着で落ち着いた性格の底には、そういったすさまじい激情と何者にも屈さない誇り高さが眠っている。
ヴラドは何故、自分を抑えているのか。
「生き残るためには自身を抑制しなければならない」と経験から学んでいるためだ。
「名実共にワラキア公となり、国を守るために強大なオスマン帝国に立ち向かう」そういう状況になった時には、ずっと抑え込んでいたエネルギーを爆発させる。
メフメトⅡ世を討つため、オスマン帝国軍に兵士の振りをして(コスプレして)単身乗り込む。
本当はとても家族思い、仲間思いで責任感が強い。
オスマン帝国軍という巨大な敵を前にした時、初めてそういったヴラドの真の姿が露わになる。
自分はヴラドがとても好きだが、好き嫌い以前に読んでいると凄いエネルギーを感じる。周りのすべてを惹きつけて引きずる磁場がそこに形成されているような、そんな感覚になる。
シュテファンもマーチャーシュもストイカもチュルニクも、一巻二巻を読んでいた時は「設定だけ考えると、もう少し面白いキャラになりそうだけどな」と思いながら読んでいた。ヴラドが覚醒してからは別人のように生命力のある面白いキャラになった。
ほぼ唯一の女性キャラだったヴラドの奥さんのイロナも、「むしろこんな紙人形みたいなキャラが描けるのが凄い」と思っていたが(ほんと済みません)ヴラドと心が通じ合ったあとはこれまた別人のように魅力のあるキャラになる。
同じ裏切り者の端役という役割でも、二巻のコドレアと六巻のガレシュではまったく存在感が違う。コドレアなんて何かありそうであっさり死んだことに驚いた。
ヴラドはどうしてこんなに強大なエネルギーを生み出せるか。
普段はそのエネルギーを抑制していて、いざという時に全放出するからではないか。
ヴラドのカッコよさはこういうところだ。
他人にどう思われても裏切られても関係ない。
「自分はワラキア公ヴラド・ドラクラとして生まれた」
だから自分自身としてなすべきことをする。
人間だから迷いも葛藤も苦しさもあると思うのに、自分のことを語る時はそういうものを一切出さない。ヴラドが怒りや苦しみや辛さといった感情をむき出しにするのは、自分ではなく家族や家臣が傷つけられた時だ。
髪ぼうぼうの髭面の囚人でも若い娘に惚れられるのも納得のカッコよさである。
自身に魅力があって、ストーリーもほぼ一人で引っ張ってもなお余力があり他キャラを輝かせられる。凄いキャラである。
今月発売される八巻も楽しみだ。
※串刺し公は、みんなエモいのか(二人しか知らんけど)