あるコレクターさんの話
「僕は、君がこれまで通り伝統的な銅版画をやるべきだと思う。"多層ガラス絵"みたいな誰も見た事のないオリジナルな作品は、全く好きじゃないな。」
何年も前、私が多層ガラス絵を発表し始めたばかりの会場で、私に向けてそう仰る方がいました。
彼は、私に初めて出会った個展で、私の銅版画の大作を購入してくれた方で、巨匠の絵画や版画も沢山コレクションしている、大コレクターとのことでした。評価の定まっていない技法は、絵画の技法とは言えない、というのが彼の大体の話の内容だったと思います。
それは美術品をコレクションをするという事への造詣の深さから出た言葉に感じ、腹は立ちませんでした。
また数年後、私の個展にいらした際(関東圏は必ず来てくれる)には、アクリル板に裏からガラス絵の技法で描いたもので、リバースドローイングと名付けた作品を購入してくれました。その時は彼は私に何も言いませんでしたが、多層にはまだ懐疑的な印象でした。
そして今回の個展会場。作品の前を何往復かした後、彼が一点の多層ガラス絵をご所望した際に、驚く私に向けこう語りました。
「だって、作家が新しい事をやり始めても、すぐにやめてしまうかもしれないだろ?そんな気まぐれをコレクションしたくないよ。会場で会った事もない様な作家の作品も信用出来ないから買わない。それは価格とは関係ない。でも、君はどうやらこの多層ガラス絵にきちんと取り組んでるみたいだというのが分かったから、今回は買うことにしたんだ。"君"を信用するよ。」
その言葉からコレクター魂みたいなものを感じ、そんな風に作家や作品に向き合っている人もいるんだなぁと、その方のスタンスが少しだけ分かったような気がしました。
勿論、作家が新しい事に挑戦した時、すぐに応援してくれる方達によって支えられているのは確かです。それにより作家は、表現に対し保守的になり過ぎず、チャレンジをしても良いんだ、と信じて進むことができます。
しかし、それと同じくらい、作家を疑った上で、きちんと自分で見定めるような、そんな眼差しで見ている方達も同じくらい大事だよなぁとしみじみ思いながら、去ってゆく後ろ姿を見送りました。