19/10/2020:『We Find Love/Blessed』
どこを歩いてもボコボコしている。この国の歩道はその全てが、どこか欠けていたり、穴があったり、傾いていたりしていた。
だから、こんな風に雨上がりに道を歩いているとそこら中に水溜りができていて、しっかりと注意して歩かないといけない。
けたたましくエンジンを吹かせながら青い市バスが通り過ぎる。連なるようにして黄色いタクシーが2、3台も走っていけば、やっと信号が変わって僕は渡り出した。
「そこに雨を降らせる雲は、きっと日本から流れていった雲ですね。」
と、いつか彼女が電話越しに話していたのを思い出した。
「いいですか、それは私がここで泣いていたかもしれないってことですよ。いいんですか?ねぇ、いいんですか?」
と、ふざけながら脅してもきた。
「でも大丈夫。だってその雲は過ぎ去って、もうこっちの空は晴れていますからね。」
彼女の言っていたことが本当なのか、冗談なのか、結局は分からず終いだったけれど。
・・・
ビルの前にある直立型の電光掲示板はとても明かりが強くて、目の前を通るときに少し目を顰めてしまうほどだった。
暗くなった道路を照らす明かりに、水溜りが反射している。
反転して映る映像はその日の僕とは全く関係のない、柔軟剤の広告や新しい電話料金プランのCMが流れていた。
雨を降らせた雲がゴロゴロと遠くの方へと流されていく。何かの動画で、水の中にインクを垂らしてそれがムワムワと奇妙に形を変えながら広がっていくのを見たことがあったが、まさにそれと同じようにして、風に吹かれた雲が空に広がっていた。
イヤフォンからは朝聴いていたアルバムの続きが流れていたけど、立ち止まって曲を変えた。
「朝のハッピーソングなんか、聴いていられませんよ。ねぇ。」
と、電光掲示板に問いかけた。
画面の中では、赤ちゃんが哺乳瓶をぶん回しながら、こちらを見つめている。
彼らにとっては朝も夜も関係ないのかもしれない。
この世界に誕生して日が浅いんだから、彼ら自身が朝みたいなものだろう。
「まぁ、いつか君にも分かるさ。」
と、心の中で声をかけるとその場を後にした。
・・・
帰宅してシャワーを浴びれば体もあったまって、その分、1日の疲れがどっと肩にのしかかるようだった。
濡れた髪をタオルでゴシゴシ吹きながら、ビールを飲む。
ベランダに出て夜の街を見渡すと、空は真っ暗で、でも微かに街の明かりのお陰で雲が向こうへと流れていくのが見えた。
車が通るたびに濡れたアスファルトの音がする。
「そこに雨を降らせる雲は、きっと日本から流れていった雲ですね。」
彼女の言った言葉を僕も繰り返してみた。
暗闇を流れていく雲が、反対側まで届いた時、その空には今日みたいに雨を降らせてしまうのだろうか。
「降って欲しくないなぁ。」
と、呟いた。
・・・
今日も等しく夜が来ました。
Daniel Caesarで『We Find Love/Blessed』。