11/10/2020:『another perspective』
夜中に目覚めたのは変な夢を見たわけでもなく、地震がきたわけでもなく、ケータイのバイブ音のせいだった。いつもなら起きることはないのだけど、なぜだか今日に限って目が覚めてしまった。
「新着メッセージが1件あります。」
普段あまり開かない方のSNSからの通知だった。最近は連絡を取るのには使うことはなくなってきていて、学生時代の思い出や昔よく旅に出ていた時に撮っていた写真なんかをアルバム代わりに保存していた。
「んー。」
すぐに開こうと思ったけど、ちょっとトイレに行きたくなったので、なんとか横着な自分に打ち勝ってベッドから出た。まだ寒くないからTシャツに下着で寝ている。薄明るい部屋はシトラスのディフューザーが仄かに香って、日中はそんなに気が付くこともないのに不思議だなぁと思った。
そして水洗トイレのタンクに水が溜まっていく。その音はとても大きく響いた。
ラックから適当にコップを引き抜いて水道水を飲む。カルキや金属臭もしない美味しい水だ。涼しくなってきたとはいえ、やはり睡眠中は寝汗もかくし体温も上がる。名前もない水道水が体に染み渡るようだった。
ベッドに戻って布団を被るとメッセージを開けた。
「ん?なんと。どうした、急に。」
昔々、確か旅の途中の宿で出会った旅人だった。彼女も僕と同じように一人でその国へやってきて、そして一人で歩き回っていた。
「久しぶり。元気?」
これ以上ないくらいにシンプルなメッセージ。
考えられる返信の選択肢があまりにも多すぎて、なんと答えていいか悩む。でも、既読がついてしまったから、何か返さないといけない。
「久しぶりだね。元気だよ。そっちは?」
結局、なんの捻りも工夫もない、応答、という形になってしまう。
夜中の狭い部屋はジーッとどこからか音が聞こえてきていて、でも、こんな都会の端っこの、一体どこで何がなっているんだろう。
僕が送ったメッセージに既読がつくことはなく、宙ぶらりんのまま、僕は暗闇の中で、しみったれたベッドの上でぼーっと天井を見上げるしかなった。
「あなたの国には孤独な人がたくさんいるって聞いたけど、それは本当?そして、だから一人で旅をしているの?」
と、彼女は宿の共同リビングで聞いてきた。
爆発しそうな強い天然パーマがかかった髪を、ヘアバンドで全て後ろへ流しやっていた。緑色の瞳に長いまつげで見つめてくるから、対峙していると孔雀のように見えた。
「孤独な人はもしかすると多いかもね。」
と、答えた。
「いや、でもちょっと待って。孤独な人って、世界中どこにでもいる気がする。というか、孤独って誰しもが抱えているものなんじゃないかとも思う。だって、そうだろう。だから僕らは誰かを求めるんじゃないか。」
と、付け足した。
「そうね。そうだと思うわ。だけど、それと、孤独でしかいられないということは違うんじゃないかしら。」
と、彼女は言った。
「そうかもね。」
と、僕は答えた。
宿には観葉植物がたくさん置いてあって、世界中からやってきた旅人たちが残していった本やノートがびっしりと壁一面を埋めていた。そして受付はツアーの広告、バーやレストランのフライヤー、空港送迎のスケジュールなどで溢れかえっていた。
ケータイが震えた。
「あなたが言っていた孤独について、今日同じようなことを話していた人がいたの。そしたら急にあなたを思い出して、もうこんな機会次にいつあるか分からないから、だから連絡したの。急にごめんなさいね。」
というメッセージが来ていた。
孤独でしかいられないということ、と彼女は言っていた。
きっと彼女は今、少し孤独で、それをしっかりと自覚し、そして共有できる人を探した結果、それが今回の場合僕だったということだろう。
「君は、強いんだね。」
と、書いた。
だって、僕だったらこんな風に連絡をすることはなかなか憚られてしまうから。
なぜ?
だって、うん、つまりそれが、”孤独でしかいられない”ということなんだろう。
「でも、そんなことないじゃない?今、私とこうして繋がっているわよ?昨日までのことや、明日からのことは知らないわ。今、そっちが何時かも分からない。でも、私たちは繋がっている。」
孤独と孤独を足したら、もっと大きな孤独になるだろうか。
孤独と孤独を掛け合わせたら、いつか打ち消されるのだろうか。
「今、夜中の2時半なんだ。」
「あら、ごめんあそばせ。」
どこからか聞こえるジーッという音と香るシトラスのディフューザー。
不規則に震え出すケータイのバイブレーション。
孤独を包むには、充分過ぎた。
・・・
今日も等しく夜が来ました。
idealismで『another perspective』。
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