13/11/2020:『Moon Love』
先に行って待っていようと思ったから、僕は約束の1時間前に街まで出て来た。週末のターミナル駅は人でごった返している。かと言って、ずっと待ち合わせ場所で突っ立ているわけはなく、僕は僕でその1時間を有意義に使うべく、本屋さんをのぞいたりCDショップで視聴をしたり、あるいは買いもしない服をサラサラと手で撫でながら、一人の時間を過ごしていた。
果たしてこれが有意義な時間の使い方なのかはわからないけど、でも、こうして何かを考えながら、同時に何も考えずに目に入るものに飛び付くことは悪くないと思った。
駅ビルから見下ろす交差点。
テレビのCM明けや天気予報の冒頭なんかでよく見るシーンだった。ねっとりした都会の空に、液晶大画面がペンキみたいに映える。人々はそこを疑いないスピードで行き交う。
「あなたも始めてみない?」
という副業のコマーシャル。
「今年もまた、やって来る。」
みたいなことを言う、ネットショッピング会社のCM、クリスマスバージョン。
全ての人、一人一人の人生を汲み取ることなんてできなくて当然なんだけど、大きな唯一の価値観が強く押し寄せて来る感じがして、僕は胸が苦しくなった。
この街に雪が降るのは稀で、きっとしばらくはこの寒さのまま、こうして日々が過ぎていくだけなんだろう。
統一感のないビジュアルで、ビル群が景色を遮る。
「ここからタワーが見えるのよ、少しだけ。ほら、あそこ。」
と、彼女が一生懸命指差してくれたのを思い出した。
遠くに見える赤いタワーは、僕らの視界の中でも異彩で、本当に小さくしか見えなかったけど、記憶に焼きつくくらいに鋭利だった。
「いいわねー、なんか。ラッキー、って感じして。」
と、彼女はタワーを見つめながら言った。
しかし、今日の空模様では見えそうにない。こういう曇り空の時、果たして空間の終わり目はどこで、そしてその後どこから空が始まっているんだろう。気象学とか航空学とかでは決めれているとは思うけど、まぁそういう細かいことじゃなく、
「W杯の初代チャンピオンってどこの国か知ってる?」
くらいのレベルで知りたい、というだけ。
今は駅ビルの6階にいるから、きっと少しだけ空、みたいなところか。
いや、でもガラスに遮られた室内にいるわけだから、空とは呼べないか。
じゃ、一体どこなんだ。
ちなみに、W杯の初代チャンピオンはウルグアイだ。
その国に入ったことないし、あまり聞いたこともなかった。
唯一、印象に残っていることとすれば、
「何もない、本当に何もない国。何もない、って意味わかるか?ま、いつか言って見るといいさ。」
と、いつか飲み屋で会ったおじさんが言っていたくらい。彼は若い頃、放浪の末たどり着いたその国で、日系人が営む牧場に滞在していたことがあるらしい。
「ワインと牛肉はいいね。あと、バンドネオン。あれは誘われるよ、寂しい気持ちが。」
と、言いながら、少しずつ焼酎を飲んでいた。
「結構あるじゃないですか。」
と、僕が言うと、
「ん、まぁ、確かにそうだな。」
と、笑って、また焼酎を飲んでいた。
僕が今見ている景色は、きっとそのウルグアイという国にはなくて、反対にウルグアイにあるようなランドスケープはこの国では見ることはできないだろう。
どちらがどういい、という話ではなくて、それぞれが違うだけだ。まぁでも、そんなもんか、実際星の反対側なんだから。
信号が変わって、また交差点の中心へと人が流れ込む。
大型スクリーンに映るアイドル、流れるJ−pop。
「お待たせ。今どこ?」
彼女からLINEが入った。
「うん、タワー見えるとこ。見えないけど。」
と、返信した。
「お、懐かしいとこいるね。今行く。」
僕はその群衆に、彼女の姿を探した。
・・・
今日も等しく夜が来ました。
Chet Bakerで『Moon Love』。