10/12/2020:『Mood Indigo』
ターミナル駅の東西出口を繋ぐ連絡通路には、小さな出店みたいなお菓子屋さんや薬局がいくつも並んでいる。1日に何千人と歩行者がいる中、そこに立ち止まる人もいれば、自分は関係ないと通り過ぎる人がいることも確かで、僕はいつも後者の方なんだけど、今日はなんとなく前者になっていた。また立ち止まるだけでなく、カウンター席に陣取ってコーヒーを飲んでいた。
僕は今だにこの街の中で迷うことがあってそれは一過性の居住者だからなんだと思う。僕の方から寄り添うことをしないと、街の方だって受け入れてはくれない。
「寂しいでしょ?一人の時間が長いと、過去が押し寄せて来るからなんだってさ。」
久々に聞いた彼女の声は特に興味無さげで、だけどなぜか僕の孤独を和らげてくれた。きっと、彼女は押し寄せる過去とずっと戦ってきたんだろう。
街ゆく人々はみんな同じような顔に見えるし、それぞれが何を考えているのか、その表情からは全く読み取ることができない。高校生の集団の後に、杖をついた老人がヨタヨタと続いて、スーツ姿の男の人が体を半身にしながらギリギリですれ違ったから、最初から避けて歩けばいいのに、と僕はカウンター席の窓ガラス越しに思った。
「本物のアーティストはアンテナなんて張らないんだぜ。」
と、彼は言った。1つ2つ昔の、学生時代のことだ。
伸び切った髪の毛と下品な無精髭、オーバーサイズのコートに萎びたストールは時代が違えばギリギリ絵描きに見えなくもないけれど、その時の彼はただの浮浪者にしか見えなかった。
「感度が高すぎるから、閉じていないと逆に街を歩くことすらできないくらいなんだ。」
「床屋に行かないのは、感度が高すぎるからなのか?」
と、僕は聞いた。
「いや、これはオマージュさ。」
彼は言った。僕はもう一度聞いた。
「誰への?」
すると彼は答えた。
「過去への。」
冬の冷たい風が吹いて、吐く息は白く、同じくらいにタバコの煙も白かった。
「はいはい。」
と、僕は言った。
連絡通路はコンクリートでできているから、コツコツとヒールで歩くと音がする。背筋を伸ばした女性が通り過ぎた。僕が持っている革ジャンの20倍は値が張る王族のベッドシーツみたいに、サラサラの髪をしていた。真珠色したコートを着て、そのサイジングは抜群だった。もしかすると、オーダーメイドかもしれない。花束を持っていって声を掛けたいくらいだったけど、外は寒いからやめておいた。それにもし本当に王族の人だったら、いきなり声をかけるなんて無礼極まりないだろう。
人通りは止むことを知らない。
空は暗く、深い青になってきて、イルミネーションが点灯したけれど、顔ははっきり見えなかった。
だけど、その分、窓ガラスに映る僕の顔はハッキリと見て取ることができた。
疲れているんだか、元気があるんだかわからない。何もせずに時間を消化していくことの単調さと、それを素直に楽しめないひ弱さが眉毛によく表れている気がした。
押し寄せる過去に立ち向かうことも、その過去を素直に崇めることもできないまま、ただ僕は僕を見ていた。
その間、ずっと人通りは途切れずにいた。
・・・
今日も等しく夜が来ました。
Duke Ellingtonで『Mood Indigo』。
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