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被災地神社復興へのヒント──イギリスの文化財保護政策に学ぶ(2011年7月10日)


「文藝春秋」8月号掲載の拙文「20キロ圏の神社が消える?」に書きましたように、東日本大震災で被災した神社の再興には多くの壁が立ちはだかっています。それどころか、平成7年1月の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)で被災した神社のなかには、16年経ったいまもなお復興できずにいるケースが少なくありません。
http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/


▽1 いまなお復興できない淡路島の神社

 当時を知る関係者によると、震源地の淡路島・北淡町(現淡路市)を管内に含む、兵庫県神社庁津名郡支部では、189社の神社のうち3分の1が被災し、とくに20社が深刻な被害を受け、被害総額は数十億円に上ったのですが、悲しいことに、「復興できない神社が支部内に4、5社ある。社殿は仮設のプレハブのままで、祭りは神事のみ細々と行われている」のだそうです。

 当時、全国から多くの支援の手が差しのべられたのはいうまでもありません。

「伊勢神宮の遷宮によるトラック三台分もの古材が下賜され、全国から多額の義援金も提供された」のですが、最優先されるのはどうしても住民の生活です。

 神社の復興までには「順序がある」といいます。民家が再建され、商店街やアパート・マンションが復興し、町並みが変わり、地域のコミュニティーが動き出し、菩提寺の復旧が始まる。そのあと最後に、氏神様の復興話が始まるのだそうです。

 興味深いのは、神賑行事の有無です。神社のお祭りの際、神殿での神事のあと、御神輿や山車が繰り出すというような伝統の行事がある場合、神社の復興は比較的早いのだといいます。復興の目的が明確化されるからでしょう。

 けれども潤沢な資金がある大きなお宮なら話は別なのですが、「神社復興のリーダーがいないとか、氏子同士が遠慮し合う場合、神社再建は難しい」そうです。「再建には少なくとも数千万円はかかる。しかし氏子は4軒しかいない」というようなケースさえあるのです。

 大震災発生の翌年、兵庫県は文化財と歴史的建造物の復旧のため、「復興基金」による、総額の2分の1を限度とし、最高で500万円まで認める公的補助を決め、支援しました。しかし「500万円」という額は「焼け石に水」の観がないわけではありません。


▽2 日英の文化政策の圧倒的な違い

 今日の日経新聞(web版)に、小西美術工芸社のアトキンソン会長兼社長が「なぜ英国の文化財は美しいのか」という一文を寄せ、日英の文化財政策の際立った違いについて紹介しています。
http://www.nikkei.com/life/culture/article/g=96958A90889DE1E3E7EAE6E6E1E2E2E6E2E5E0E2E3E39BE2E2E2E2E2;p=9694E3EBE2E6E0E2E3E2EBE7E3E6

「観光大国日本へのヒント」というサブタイトルが示すように、アトキンソンさんの観点はあくまで「観光」ですが、自然災害で被災した神社の再興に対する支援について、多くのヒントを与えてくれます。

 アトキンソンさんは日英の文化財政策を比較して、まず指摘するのは、文化財(建造物)の指定物件の数に圧倒的違いがあるということです。

 イギリスでは2010年6月時点で、37万4000件が文化財登録されている。一定敷地内に複数の建物がある場合もあるので、それらを含めると全体で50万件弱になると報告されている。「国宝」級の「グレード?」は1万件弱、「重要文化財」級の「グレード?*(アステリスク)」は2万件を超える。イギリスでは1700年以前に建てられた建造物なら、すべてが登録文化財とされる。

 これに対して、日本では2010年6月現在で建造物の国宝・重要文化財はあわせて2380件に過ぎない。イギリスの50万件とあまりに違う。日本の指定の幅は狭い、とアトキンソンさんは指摘します。

 補助金の規模も同様です。

 建造物の修理に充てられる国家予算は、イギリスが年間500億円。一方、日本は80億円に過ぎません。イギリスでもっとも指定対象となりやすい教会は1万4500件ですが、日本は神社だけでも8万社あるのに、です。イギリスの500億円の国庫補助は、日本に置き換えれば1100億円規模になります。

 イギリスでは、1970─80年代にかけて、ポンド高が起こり、産業構造が変わった。失業者が急増し、職人文化がダメージを受けた。その打開策として、低所得者層の救済策の1つとして、観光業の強化が図られ、文化財の修理が強化されたのでした。

 文化財の修理に従事する職人まで含めると年間2兆7000億円の経済効果、46万6000人の雇用となる。観光業全体では年間14兆8200億円の経済効果をもたらしている、とアトキンソンさんは説明します。


▽3 ネックは硬直した政教分離政策

 アトキンソンさんは次のように結論づけます。

「日本の観光業は、文化財との関連を強化する必要性がある。日本文化に親しみがない人に何度も足を運んでもらうには、建築様式から模様、その建物の使用用途など、今より多くの説明が必要であろう。

 満足度を修理費用などに還元するために、ガイドブックや説明するガイド、レストランなども設けなければならないと思われる。その文化財に必要な資金が直接的に入る仕組みに切り替える時代を迎えているのではないか。

 日本の素晴らしい文化財の復活に貢献する政策につながると自負している」

「文藝春秋」の拙文に書いたように、東日本大震災で壊滅した福島・浪江町の苕野(くさの)神社は、少なくとも千数百年の歴史をもつ古社ですが、再興のめどはまったく立っていません。福島第一原発の20キロ圏内にあり、立ち入りさえできないからです。

 イギリスのように17世紀以前の建造物はすべて文化財に登録されるというのなら、おそらくこの苕野神社も含め、被災地の多くの神社が保護の対象となるでしょう。

 神社の社殿が古いということだけが文化的価値の尺度ではありません。古くから人が住み、暮らしに密着した神々の物語を伝え、独自の祭りがあるということを総合的に見て、有形・無形の伝統文化として保護されるべきだと考えます。

 大震災と大津波、原発事故に苦しむ被災地で求められるのは、住民の避難政策ではなくて、郷土の再興です。文化財保護、観光業振興、被災者支援の観点から、被災地の再興に、行政はよりいっそう力を入れなければならないと思います。

 その場合の最大のネックは、当メルマガの読者ならご承知のとおり、こと神社に関して、憲法の規定をことさら厳格に解釈・運用する政教分離政策であり、その背景となっている硬直した近代神道史理解です。その結果、世界に誇るべき文化財としての郷土の神社が復興できない、としたら、行政は文化の保護者ではなく、逆に破壊者となってしまいます。

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