岡部喜代子先生「女帝は認めるが女系は認めない」現実論の前提を疑う──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 1(令和3年6月6日、日曜日)
5月10日に開かれた有識者ヒアリングの議事録が公開されましたので、レジュメと合わせ読んで、お一方ずつ、ご主張の内容を吟味していくこととします。今日は岡部喜代子・元最高裁判事です。『相続法への誘い』『親族法への誘い』などの著書があり、親族法、相続法の専門家です。
▽1 岡部喜代子氏──日本国憲法に基づく行動主義的天皇という視点
岡部氏は5ページのレジュメを用意しました。政府の聴取項目に沿って作られ、後半の2ページは関連資料です。
岡部氏の結論は、「男系女子の皇族に皇位継承資格を認めることが望ましい」「女性皇族が婚姻しても皇族の身分を保持し続け、配偶者と子は皇族とならないとすることが現実的かつ最も弊害の少ない方法ではないか」、つまり女帝は容認しつつも、現実論として女系継承は否認するということのようです。
吟味すべきポイントは以下の7点かと思われます。
1、皇位継承問題を考えるに際して、岡部氏は日本国憲法を基礎に置いているが、それで十分なのか?
2、女性皇族が婚姻後も皇族身分を失わないこととする根拠は何か? その場合の「皇族」「皇族性」とは何か? 議論すべき目的は何か?
3、男系女子に皇位継承権を認めるとする根拠は何か? 終身在位制との関係はどうなるのか?
4、「女系天皇」容認が憲法違反ではないとする根拠は何か? 「王朝の支配」との関係は?
5、元皇族が皇族の名で、皇族の行為をなすことは許されないとする根拠は何か? 婚姻後も皇族身分を失わないとすることと矛盾しないのか?
6、皇統に属する男系男子の皇籍復帰は「新たに皇族を創り出すこと」だとし、その場合の法的根拠を疑い、「皇族」とは何かと問いかけているが、逆に「皇統」とは何であるとお考えなのか?
7、皇族減少という「喫緊の課題」に対して、女性皇族が婚姻後も皇籍離脱せずに皇族であり続け、配偶者やその子孫は皇族としないことが「現実的かつもっとも弊害の少ない方法」と訴えているが、考え方として、方法論として妥当なのか?
テーマが多岐にわたりますので、以下の5点に絞って、批判を試みます。
◇岡部氏は雛祭りをしないのか
まず1点目は、憲法論的発想の是非です。
岡部氏の天皇観は、拍子抜けするほど常識的で、素っ気ないものです。
「天皇は、日本国憲法第1条の定めるとおり、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である。
天皇は様々な行為を行っているが、そこには国事行為ではなく、しかも純粋な私的行為ではない行為が存在する。
昭和天皇、先の天皇(上皇)、今上天皇は様々な行為を行われて天皇が国民とともにあることを示され、そのことによって、象徴という抽象的な概念を国民の目に見える形に、国民の感得できる具体性をもったものにされてきたと考えている」
つまり、立憲主義に基づく近現代の行動する天皇こそが岡部氏の天皇ですが、それで十分なのかどうか。
4月21日のヒアリングに登場した本郷恵子・東大史料編纂所長(日本中世史)と比較すると、本郷氏にとっては、天皇は古来、単なる政治権力者ではなく、文化的力を持つ歴史的存在であり、「文化的一貫性を体現している」のが天皇でした。であればこそ、結果として、天皇は憲法上、「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」となるのでしょうが、岡部氏にとっては、あくまで日本国憲法が議論の出発点です。
つまり、岡部氏にとっての天皇は126代続く天皇ではありません。法律家なら最高法規たる日本国憲法を根拠に考えるのは当然かも知れません。しかし、いま私たちに求められているのは、天皇とは本来、何だったのか、そのおつとめとは何か、を総合的に再確認し、そのうえで将来の皇位継承のあるべき形を追求することではないのでしょうか。視点が違う、発想が違うということです。
日本人には古来、さまざまな天皇観・皇室観があります。たとえば大工さんたちにとって、法隆寺を建立された聖徳太子は職業的守護神です。書道家は嵯峨天皇を三筆の一人として崇敬します。女の子の健やかな成長をと幸せを願って、内裏雛を飾り、桃の節句を祝うことは、近世以来、全国各地で行われています。岡部氏のお宅では雛祭りは行われないのでしょうか。
限られた時間で何でもかんでも語るのは不可能ですが、憲法論的、法律論的天皇論で十分なのでしょうか。古来、日本という多元的文明の中心に位置してきたのが天皇であり、文明の根幹に関わる皇位継承問題を論ずるのなら、日本国憲法もまた再検討の対象となるべきで、憲法を大前提に議論することは矛盾していませんか。
◇「皇族」は御公務を補佐する身近な代打要員か
2点目は「皇族」「皇族性」についてです。
岡部氏のレジュメには、「問2 皇族の役割や活動」について、「皇族は、皇位継承資格を有する者として、天皇、皇族としての役割を果たすことができるよう準備をなさっている。また天皇の身近にあって天皇をたすける役割および藩屏としての役割も担っている」とあります。議事録も同様に、近代以降の行動する天皇を称賛しています。
しかし、行動主義的天皇論はさておくとして、「皇族」の定義・概念はそれで十分でしょうか。岡部氏は皇室典範に列挙された「皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王」を「皇族」とお考えなのでしょうが、「皇族」の範囲には歴史的な変遷があります。
元来、「皇族」とは皇統に属し、皇位継承の資格を有する血族の集団を意味するはずですが、明治の皇室典範は臣籍出身の后妃をも「皇族」とし、皇位継承資格者としての「皇族」と待遇身分としての「皇族」とを混同させ、本質をぼやけさせてしまいました。
そして、混乱はいまも尾を引き、皇族性とは血統主義に基づいて皇位継承資格を有することのはずなのに、継承資格は二の次となり、いわば天皇の御公務を補佐する代打要員の確保を目的に、皇族性の意味がねじ曲げられています。
岡部氏の場合は、「皇族」は単なる近親者に過ぎません。なぜそう理解するのか、理解しなければならないのか。
◇御公務とは何かに答えていない
振り返れば、「女性宮家」創設論の目的は、天皇(先帝)が高齢で健康問題を抱えながらも、あまりにご多忙なので、ご公務を婚姻後の女性皇族にも分担していただく必要があるというものでした。宮内庁は御公務御負担軽減に着手したものの、見事に失敗しただけでなく、失敗の原因を検証することも、反省することも、責任を取ることもなく、「女性宮家」創設=女系継承容認へと論理を飛躍させ、暴走し始めたのでした。最近では「皇女」にご公務を担ってもらうという案さえ出ています。
先帝の譲位も、天皇の行動主義が原因でした。古来、公正かつ無私を大原則とする天皇にとって、行動主義に基づく近代的御公務は無限に拡大していく可能性を秘めています。A県を訪問して、B県は訪問しないということがあり得ないからです。岡部氏が仰せのように、先帝も今上も御公務に励まれていますが、高齢の天皇には肉体的に限界があります。憲法は「摂政」について規定していますが、先帝は「譲位」を求められました。そして特例法が作られ、皇位継承が行われました。
けれども、岡部氏の所論には御公務の本格的見直しという視点が欠落し、あまつさえ政府・宮内庁の御公務維持論に無批判に追従しています。
じつのところ、いっこうに減らない御公務とは、ほかならぬ宮内庁内人事異動者の内輪の「拝謁」であり、外務省関連の赴任大使の「拝謁」でした。御公務主義の最大のネックは官僚社会であり、端的にいえば、宮内庁と外務省です。もっとも中心的な御公務は「三大行幸啓」といわれる全国植樹祭、国民体育大会、全国豊かな海づくり大会であり、いずれも中央官庁のイベントです。
だとしたときに、憲法を起点とし、御公務主義に基づいて、皇位継承問題を考えることの意味は何でしょうか。憲法の国事行為のみを行うのが天皇なら、上御一人で十分ですが、毎週のように、あるいは週に何度も行われる御公務なら、「分担」は必要かもしれません。しかし、その前に御公務の見直しをすべきで、皇室の伝統的ルールを根本的に変えてまでして皇族を確保し、「分担」すべきなのか、疑問です。
岡部氏は、少なくともヒアリングでは、きわめて抽象的に、「皇族方の減少により、貴重な活動をなさる方が減少し、活動がなかなか思うに任せない事態は憂慮すべき事態で、早急に改善を図る必要がある」と述べているに過ぎません。天皇のあるべき御公務とは具体的に何か、岡部氏は答えていません。
◇憲法の「世襲」とはdynasticの意味である
しかしここまでは序論に過ぎません。次に岡部氏は本論である、女系継承の認否に話を進めます。
岡部氏は、「女性皇族に皇位継承資格を認めるか認めないかという議論とは別個に、婚姻しても原則として皇族の身分を失わないこととすることが望ましい」「男系女子の皇族に皇位継承資格を認めることが望ましい。その場合、第1順位を男系男子、第2順位を男系女子とする」と主張します。
けれども、皇位継承資格を女系に拡大することについては、「女系天皇を認めることが憲法違反であるとの説を採ることはできない」と断言しつつも、「ただ、現時点で女系に拡大するべきかについては別の検討が必要」で、「現在男系男子制を採り、男系男子の皇位継承者があり、かつ、女系に拡大することに強固な反対がある」ことを理由に、容認を避けています。現実主義です。
論理はたいへん面白いのですが、やはり前提が間違っていませんか。
つまり、第2順位の男系女子が皇位を継承する場合とはいかなる状況なのか、以前、申し上げたように、もし終身在位制が前提だとすれば、第1順位の男系男子が不在で、男系女子が継承せざるを得ないのなら、岡部氏がお得意の現実主義に立てば、女系継承を認めざるを得ないという結果になりませんか。
しかし岡部氏は女系継承を容認しません。逆に現実主義からですが、私には意味不明です。
岡部氏は、「女系天皇は憲法違反であるとの説を採ることができない」と断言します。理由は、平成17年の皇室典範有識者会議の報告書にあるように、「皇位の世襲の原則は、天皇の血統に属する者が皇位を継承することを定めたもので、男子や男系であることまでを求めるものではなく、女子や女系の皇族が皇位を継承することは憲法の上では可能」と考えるからです。そしてまた、立法者の意思もそのようであったと理解しているからです。憲法は女系を容認しているというのです。
しかし違うのです。小嶋和司・東北大教授(憲法学、故人)が明らかにしたように、憲法の「世襲」はdynasticの意味であり、立法者たちは「王朝の支配」と認識していました。「万世一系」を侵す女系継承は憲法が認めていないと理解すべきです。
◇血統主義とは「血の濃さ」なのか
4点目は血統主義についてです。
岡部氏は皇統が血統主義に基づくことを理解していますが、男系継承の歴史的実態を無視しています。つまり、血統主義と「血の濃さ」を混同しています。
「世襲を要求されているのであれば、血の濃いほうが皇位に近いと考えるのが自然である。血の濃い女性皇族と、非常に血の薄い男性皇族を比べたとき、血の濃い女性皇族に親愛の情を抱き、また尊敬の念を持つのが国民一般の気持ちであり、これが皇位の根拠であるとすれば、そのような人が天皇になるというのは、天皇制の支持の基盤ということが言えるのではないか」
本郷恵子氏の場合は、天皇の何たるか、天皇がなぜ続いてきたのか、歴史学では明確には分からないとしたうえで、男系による皇位継承原則を一変させ、女系継承に拡大させるという革命主義的主張でした。他方、岡部氏の場合は、皇統の男系主義の何たるかを深く吟味しないまま、「基本的に血の濃い者が皇位継承資格を有するというのが世襲原則からして自然ではないか」と一般民の常識的感覚で安易に女系容認を主張するのでした。
ただ、その一方で、岡部氏が「この段階で女系天皇を認めるべきかということまでは、現段階では、私としては躊躇する」と仰せなのは、「天皇制についての考え方と伝統に基づいた主張と理解している」と言いつつ、「それを続かせる現実的な背景や事情があった」のが理由です。つまり、日本の「基本的には男性の力が強い世の中である」「非常に過渡的な時期」だというわけです。
あくまで現実論であり、126代にわたり男系主義を採用してきた皇室の論理を追究するわけでも、歴史の事実に配慮するわけでもありません。
◇血統主義に基づく皇族性の有無
岡部氏は伊藤博文の『皇室典範義解』を取り上げ、明治および現代の家制度の採用について論じ、皇室典範と民法について専門家ならではの詳細の考察を進めたうえで、「今回は喫緊の問題として、女性皇族が婚姻しても皇族の身分を保持し続け、配偶者と子は皇族とならない、ということが現実的で、かつ、最も弊害の少ない方法ではないか」と結論づけています。
しかし、皇室は「家」ではありません。天皇には姓も名もありません。皇家とは「家」なき「家」なのです。また、伊藤博文の『義解』は、臣籍降嫁後も「内親王」と呼称されるのは、あくまで特旨によって授けられる尊称であって、身分ではないと強調しているのではありませんか。
最後に、岡部氏は、「皇統に属する男系の男子を新たに皇族とすること」について、つまり、旧宮家の皇籍復帰について、不賛成を表明しています。
旧宮家の復籍は「法律によって新たな皇族を創り出す」ことであり、「皇統に属する男系男子であれば、薄い血縁でも法律で認められれば皇族となり得るということになる」「これは、天皇との血縁が濃い一定範囲の者という皇位継承の在り方とは異なってくるのではないか。その点を心配している」「ひいては、国民と皇族との区別がどこにあるのか、という疑念も起こってこないとは限らない」というわけです。
しかし皇室のルールは「血の濃さ」ではなく、血統主義に基づく皇族性の有無です。それは126代の皇統史を振り返れば明らかなはずです。
たとえば116代後桃園天皇崩御のとき、欣子内親王のほかに子女はありませんでした。皇位を継承したのは閑院宮の光格天皇であり、欣子内親王はその中宮となりました。それが皇室の皇位継承のルールです。
岡部氏のご主張では、欣子内親王が即位することになりますが、それは皇家の家法を根本的に変更することを意味します。なぜ皇室のルールを曲げようとするのか、憲法が国民主権を謳っているからでしょうか。日本国憲法は天皇・皇室の歴史と伝統にそれほど不寛容なのでしょうか。
次回は、大石眞・京都大学名誉教授です。
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